短編 | ナノ
「ゆーたー、あついよー。俺しにそー」
「はいはい。それなら、扇風機祐希の方にだけ向けていいから」

そう言って、悠太は2人に当たるように回していた扇風機の首を俺に向けて固定し、再び勉強机の方へと戻った。
うだるような暑さの続く毎日。俺は、昼ご飯を食べ終わったあたりから、ずっと部屋の床に寝そべっていた。フローリングの床なら、少しは涼しいかなって。でも、そんなのは最初だけで、床はすぐに俺の体温で熱くなる。だから、少しずつ場所を移動してみるけど、あまり効果はなかったみたい。もう何度目になるか分からない寝返りを打ち、椅子に座る悠太を仰ぎ見る。ペンを時々止めながらも、着実に答えを埋めていく悠太。夏休みの宿題も、悠太はもうこのプリントが最後だって言ってたっけ。ただでさえやる気にならないのに、悠太はこの暑さの中よく宿題をする気になるものだと感心してしまう。
部屋に響くのは、扇風機がお情け程度の風を送る音とセミの鳴き声とペンが紙の上を走る音だけ。もうちょっと涼しいときには子どものはしゃぐ声なんかも聞こえていたけど、きっとこの暑さのせいで外で遊べないのだろう。

「あついなぁ〜……」

扇風機を一人占めしておきながらも、俺の口からはそんな言葉が正直に出てくる。悠太の方が絶対暑いだろうに。
ミンミンと鳴き続けるセミの声は暑さを増幅させ、俺から気力を奪っていく。もう、このまま溶けてしまいそうだ。アイスみたいに。……あ、アイス。そうじゃん、アイスでも食べれば、体温も下がって少しは涼しくなるじゃん。そう思い、のそのそと台所まで行って冷蔵庫を覗いてみるものの、そこに目的のものはなかった。

「そういえば、昨日最後の一本食べちゃったんだっけ……」

暑さのせいで、記憶力までやられているらしい。俺は肩を落とし、仕方なく氷をいっぱい入れたジュースを持って、部屋に戻ることにする。もちろん、悠太の分も持って。
部屋の戸を開ければ、誰もいないところに風を送っている扇風機と、相変わらず宿題に取り組んでいる悠太の姿が目に入った。俺がいない間くらい、自分の方に向ければいいのに。ホントに自分のことを大切にしないお兄ちゃんだなぁ。そんなことを思いながら持ってきたジュースを悠太に渡そう近づいたとき、ふと悠太の首元に目がいった。やっぱり暑いのを我慢していたのか、一筋の汗がつぅっと額辺りから首元にかけて流れている。
汗、拭かなきゃ。そうだ、タオル。タオル持ってこなきゃ。そう思っているのに、俺の身体はまったく異なる動きを始めていた。タオルのあるタンスには目もくれず、そのまま悠太に近づいていく。そして、俺の気配に気づいた悠太がこっちを振り向くとほぼ同時に、俺は悠太の首筋を舐めていた。

「っ!?な、なにすんの」
「いや、汗が伝ってたから」
「それなら拭けばいいじゃん、何で舐めんのっ」

顔を真っ赤にしながら、さっき俺が舐めたところを押さえる悠太。あ、なんかムラっとしたかも。恨めしそうにこっちを見てくる悠太に、もう何にもしないよと自分でも信用できない言葉をかけ、持っていたジュースの片方を渡す。悠太はまだ警戒したような目で俺のことを見ていたけど、ありがとうと小さくつぶやいてそれを受け取った。悠太と背中合わせになるように、椅子の背もたれ部分に寄りかかりながら、俺は一気にジュースを飲み干す。あー、なんか生き返ったってかんじ。
まだ氷の残ったグラスを両手で持ちながら、首だけを捻って悠太を見る。……うん。見事に油断してる。無防備ってこういうことを言うんだと思う。悠太は俺のことわかってるようでわかってないよね。少しだけ上半身を捻って、俺は再び悠太の首筋に舌を這わせる。すると、悠太は大袈裟なくらいに肩を揺らし、すごい勢いで俺の方を振り返った。

「〜〜っ、だから、なんでそういうことすんのっ」
「だって、暑いときには糖分だけじゃなくて塩分も必要でしょ?」

ふっと笑みを浮かべてそう返してあげれば、悠太は「塩でも舐めててよ!」と首元まで赤くしてそっぽを向く。ホントなんていうか、悠太ってすごいよね。どう見てもこれは逆効果でしょ。
俺は、そっぽを向いた悠太の横顔を眺めながら、暑い日ってのも悪くないなと思い直していた。

- END - 





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