短編 | ナノ
「あきら、帰ろ」
「あー、ごめんね。僕、今日はちょっといんちょーと用事があるの」

いんちょー、早く帰ろ!と駆け寄ってくるあきら君と、その背中を寂しそうに見つめる晃一くんの姿を見ながら、俺は心の中で「またか……」と呟いた。

あきら君と晃一くんは、所謂恋人同士である。比較的2人と仲の良い俺は、直接本人たちから報告を受けたのだが、驚いたり引いたりということもなく、『あぁ、やっぱりそういう関係になったのか』と妙に納得してしまったものだ。そんな彼らは、付き合いはじめてからというもの、四六時中行動を共にしていた。幼馴染みの関係であったときから2人は常に一緒にいたが、あきら君が晃一くんにくっ付いている時間が長くなったのも、晃一くんがあきら君を見つめていることが多くなったのも、たぶん俺の勘違いではないだろう。とにかく、バカップルと表現してもいいくらいに、彼らはそれまで以上に仲が良く、他のクラスメイトより一緒にいる時間の多かった俺でさえ、2人の間にいることは躊躇われた。
しかし、ここ1ヶ月の間で2人の関係は明らかに変化していた。最初は気のせいかとあまりに気にしていなかったが、どうやらそうではないらしい。あきら君が、晃一くんといる時間を意図的に減らしているように感じるのだ。……いや、感じるなんて生ぬるいものではない。確実に、晃一くんを避けていると言っていいだろう。今日のように、特に約束もしていないのに俺と2人で帰ってみたり、休み時間を特に仲がいいというわけでもなかったクラスメイトと過ごしてみたり。普段は晃一くんと2人で過ごしていた時間が、他の人との時間に当てられてしまっており、今や2人が一緒にいる姿を見ることはほとんどない。喧嘩でもしたのかと考えてもみたが、そういうわけでもないようだ。授業中のあきら君は、晃一くんを愛おしそうな目で見つめているし、晃一くんは、あきら君になんとか話し掛けようと必死なのだ。だからこそ、俺には現状が全く理解できなかった。

隣を歩くあきら君は、晃一くんの誘いを断る言い訳に使った"俺との用事"とやらを教えてくれるでもなく、俺に手を振り、そのまま別れ道を左に曲がって家へ帰ろうとする。まぁ、最初から用事なんてなく、口から出た出任せであることはわかっていたけど。……でも、いいように使われている俺には、その理由を聞く権利があるのではないだろうか。俺は、遠ざかろうとするあきら君の背に、声を掛けた。

「あきら君、待ってください」
「んー?なぁに?」
「あの……、最近、晃一くんを避けてますよね……?」
「あ、わかっちゃった?」

あきら君は、くすくすと笑いながら俺を振り返った。夕日を背にしたあきら君の表情はハッキリとは見えないが、薄気味悪いものを感じる。……なんだろう、この感覚は。嫌な感覚がぞわぞわと身体中に広がっていくのを感じながらも、俺はずっと聞きたかったことを口にした。

「どうして晃一くんを避けるんですか?彼、寂しがっているでしょう?」
「うん、そうだね。でも、それが目的だから今のままでいいの」
「は……?」
「いんちょーも知ってるでしょ?こーちゃんは優しいの。優しいし、気が利くし、色んな人に頼られる。女の子からの人気も凄いよね。そんなこーちゃんがさ、僕のことをずっと好きでいてくれる保証がどこにあるの?チビで子どもで頭の悪い僕を、ずっと好きでいてくれるかな?可愛くて素敵な女の子がいたら、その子に惹かれちゃうんじゃない?……そう考えてたらさ、他に目移りする暇なんかないくらい、僕のことで頭を一杯にしてくれなきゃダメだと思ったの」

淡々と語るあきら君を、俺は無言のまま見つめた。ただ呆然と立ち尽くして。
あきら君の不安な気持ちは、わかる。ただでさえ、男同士というマイノリティーな恋愛関係なのだ。相手がずっと自分を想ってくれるかという不安は、男女のカップルより大きいのかもしれない。でも、それがどうして晃一くんを避けることに繋がるのか。俺には、それがわからなかった。

「つまり、どういうことなんですか」
「まだわからない?僕が避ければ避けるほど、こーちゃんは僕のことで頭を一杯にしてくれるんだよ。『どうして、あきらは俺を避けるんだろう』『何かしちゃったのかな』『今日はあきらと話せるかな』そんなふうに考えてくれるんだよ、こーちゃんは。毎日毎日、僕のことだけを考えてくれるの。不安だったり寂しかったりしながらも、いつもこーちゃんの中には僕がいる。いつも、目線は僕を追ってる。それを尻目に見てる僕は、どんな気持ちだと思う?ああ、よかった。今日もこーちゃんは僕のことを想ってくれてるんだ、って感じるんだよ。これって、幸せだよね。ラブラブしてるだけの幸せなんて、長続きしないよ。たまには距離をおくくらいのことしなきゃ。僕たちは、それで続かなくなるような脆い関係じゃないんだから」
「……距離をおいている間に、晃一くんが他の人の元へいってしまうとは、思わないのですか?」

理解が追い付かないながらも疑問に思ったことを口にすると、あきら君はけらけらと可笑しそうに笑いながら答えた。

「思わないよ、そんなこと。だって、こーちゃんは僕が思ってる以上に、僕のことを好きなんだよ?僕が避ければ避けるほど、こーちゃんは追い掛けてきてくれるの。だって、こーちゃんったら、距離をおいてるときに声掛けてあげると、すっごく嬉しそうな顔するんだよ?僕がクラスメイトと話してるときは、捨てられた子犬みたいな目で僕を見てるんだよ?そんなこーちゃんが、他の人のとこにいく?バカなこと言わないでよ。僕が避ければ避けるほど、こーちゃんは僕に縛られるんだよ」

だからね、いんちょー。もう少しだけ協力してよ。また元の僕たちに戻るまで。
そう付け加え、あきら君は振り返ることもなく帰っていく。
俺は、その後ろ姿を見つめながら、今も寂しく一人で帰路についているであろう晃一くんの姿を思い浮かべていた。


- END -





1/2

 
←back

×
- ナノ -