短編 | ナノ
「悠太、これとこれ、どっちがオススメだ?」

放課後、図書室で本を選んでいた要は、二冊の本を手に、俺にそう問い掛けた。それらは俺が以前読んだことのある本で、本来ならば気に入っている方を勧めるべきだが、俺の意識は違う方へと向いていた。それが、あまりにも最近の出来事と重なって見えたから……。

事の始まりは、たしか2週間前だったか。
部活で次に頼む和菓子を選んでいたとき、いつもは自分の好みを口にする春が、悠太くんはどれがいいですか?と真っ先に聞いてきたのだ。まぁ、そんなこともそれまで全くなかったわけではなかったため、俺は、どれでも春の好きな物でいいよ、と答えた。特に、これがいいというものはない。どれもまんべんなく好きで、こだわりはないのだ。いつもなら、俺のどれでもいいという返答を聞けば、春はそうですか、と再び和菓子選びに専念するはずだった。しかし、この日は何故か、にっこりと笑って言ったのだ。

「僕も、どれでもいいんです。悠太くん、好きな物を選んでください」

と。どれでもいいと言いながらも、ちゃんと好みを主張していたそれまでの春とは違う。結局、最後まで春が決めることはなかったため、俺は無難な和菓子を選んだのだった。
そのときは、いつもと違うなと思っただけで、特に気にしなかったが、今思えば、おそらくこれが始まりだろう。

それから三日後、今度は千鶴だった。
新しい鞄が欲しいと言った彼は、俺を連れてショッピングセンターへと出向いた。そして、オレンジと青のリュックを並べ、どちらがいいと思うかと俺に意見を求めてきたのだ。

「俺は明るい色好きだから、オレンジいいなーと思うけど、たまには大人っぽく青でもいいかなとも思うわけよ!ゆうたんは、どっちのがいいと思う?」
「え、千鶴の好きな方にしたら……」
「だから、迷ってるんだってば!ね、ゆうたんの意見も聞かせて!」
「えっと……、千鶴にはやっぱ明るい色が似合う、かな。青は、キーホルダーとか、小物として身に付けたらいいんじゃない?」

なんとなく、思ったことを口にしてみた。そうすれば、千鶴は嬉しそうに、ありがとな!と満面の笑みを浮かべたのだった。
それからも、春や千鶴は事あるごとに俺に意見を求めた。どちらがいいか、この中でどれが好きか、意図しているとしか思えないほどに質問を重ねる春と千鶴。一体これはなんなのかと思って頭を悩ませていれば、要に図書室に行こうと誘われ、現在に至る。
二冊の本を両手で持ち、再度質問を繰り返す要。その行動は、もはや俺には不審なものとしてしか目に映らなかった。

「……ねぇ、それ、流行ってんの?」
「は?なにが?」
「その、俺に質問してくるやつ。最近、やたら春とか千鶴も俺に意見を求めてくるんだよね。だから」

そう伝えれば、要はため息をついた。そして、あいつら、然り気なくっつったのに、と小さく呟く。やはり何か意図があってのことだったのかと納得し、要を問い詰めれば、返ってきたのは意外な言葉だった。

「祐希から頼まれたんだよ」
「え……?」

いまいち話がわからない俺に、要は祐希から頼まれたことの内容について、詳しく説明してくれた。
祐希は、俺が自分に特別好きなことや好きな物がないことを気にしているということに、気付いていたようだ。そして、要や春、千鶴に俺が自分の意見を言える環境を作ってほしいと頼んだという。少しでも、自分に自信が持てるように。少しでも、自分の好きなものに気付けるように。俺が、自らの意思を伝えることのできる環境を作ってくれと、祐希はいつになく真面目にそう言ったらしいのだ。

「何でも他人が一番で、自分の考えを言わないお前を祐希は心配してんだよ。あいつからの頼みってのは少しムカつくけど、まぁ俺もその意見に異論はなかったからな」

少しは、前と変わったんじゃねーか?と言う要に、俺は自分の好きな方の本を勧め、急いで図書室を飛び出した。祐希が、そんなことを思ってくれてたなんて、知らなかった。そんなに、気にしてくれてたなんて、知らなかった。
廊下で人とぶつかりそうになりながらも走って、祐希の待つ昇降口を目指せば、退屈そうにしゃがみこむ祐希の姿が目に入った。こちらに気付いた祐希は、おそーいと一言文句を言い、早くしろと急かしてくる。
靴を履き替え、祐希に並んで歩き出せば、彼は珍しく何も言葉を発しなかった。無言の帰り道。二人分の靴音だけが聞こえることに、少々居心地の悪さを感じる。

「あ、あのさ祐「これ、どっちがいい?」」

俺の言葉を遮るように、祐希は俺の方に顔を向けた。そして、手のひらを俺につき出す。その上には飴玉が二つ乗っていて、それぞれイチゴ、レモンと表記されていた。突然の問いかけに戸惑うものの、祐希はそれ以上何も言わない。ただ、微かに笑みを浮かべてどちらがいいかと問うだけだ。仕方なしにイチゴと答えれば、彼はそれを俺に渡し、自分は残りの飴を口に放った。祐希の行動の意味がわからず、俺も彼に倣って貰った飴を口に含む。

「悠太はさ、気付いてないだけなんだよ。自分の考え、言えるのに言わないだけ」
「え?」
「自分の意思、伝えられるんだから、伝えなきゃ。全部遠慮してたら、損しちゃうよ」

こんな些細なことでもね。そう言って、祐希は飴玉の袋をヒラヒラと振った。ああ、なんだ。祐希は、俺が要から頼み事の内容を聞いたことに気付いてたんだ。ホント、ボーッとしてるようで察しがいいんだから。
ありがとう、と顔を覗き込んで言えば、彼は何のことだと知らないフリをする。そんな祐希の些細な優しさが、今はとても嬉しかった。





(たまに見せるその顔は)(俺よりずっと大人びていて)

- END - 





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