短編 | ナノ
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首筋にちりっとした痛みを感じ、ふと夢の世界から引き戻された。
うっすらと目を開ければ、暗闇の中に、俺に跨がった人物の姿を何となく捉えることができる。

「…あきら?」

思い付いたままに名前を口にしてみるが、その人物は全く反応を示さず動かない。どうしたのだろうか?こんな時間にあきらが起きるなんて、何かあったのか?少し考えを巡らせてみるけれど、覚醒したばかりの頭では答えは出てこない。仕方なく、黙ったままでじっとこちらを見下ろすあきらにもう一度声を掛けようとしたそのとき、再び首筋に鈍い痛みを感じた。思わず「いたっ」と小さく声を上げると、あきらは初めて反応を見せる。

「痛い?」

感情の読み取れない声で問い掛けられ、あきらの真意が分からなくて困惑する。あきらは、何がしたいの?
戸惑いながらも"痛い"と答えようとした。けれど、それは月明かりに照らされたそれを見た瞬間に、別の言葉へと変わってしまった。

「なに…それ…」

俺の目が捉えたのは、あきらの右手に握られた包丁。たぶん、うちの台所にあった中で一番大きいやつだ。それを見た瞬間に、これで切り付けられていたのだと分かり、思わず手で痛みの残る首筋を覆う。
あきら、何してんの?それで今度は何をするつもり?やめて。そんなもの持って、危ないよ。ねぇ、あきら。
恐怖心と困惑の入り混じった俺は、とにかく思ったことを言葉にしていく。あきらはそんな俺を見下ろしながら、ゆっくりと顔を寄せてくる。そして、暗闇でもはっきりと表情が分かるくらいに近付いて、あきらは口を開いた。

「こーちゃん。僕ね、こーちゃんが他の誰かのものになっちゃうのも、僕の傍を離れていっちゃうのも、嫌なの」
「…あき、」
「だからね、こーちゃんをここから出れないようにしちゃおっかなって」

にこっと笑うあきらは、なんだかいつもと違って、逃げなきゃいけないと思った。
でも、身体はその考えとは裏腹に、逃げるためには全く動こうとはせず、口を動かしていた。

「俺を殺すの…?」

自分でも驚くくらい落ち着いた声が、空気を震わせた。
真っ直ぐにあきらの目を捉え、もう一度、殺すの?と問い掛ける。すると、あきらは一瞬きょとんとした後に、嫌だなぁ。殺さないよ?と笑顔に戻る。
包丁を振り翳しながら。

「言ったでしょ?僕はこーちゃんをここから出れないようにしたいだけだって」

鈍く光る刃が振り下ろされるのを、俺はただじっと見つめていた。






(その日俺は)(光を失った)

- END - 





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