短編 | ナノ
※閲覧注意




「先生…っ、助けて…、助けてください…!」

大粒の涙を溢しながら、要くんは俺の胸へと飛び込んできた。
そんな彼の頭を、大丈夫だよという言葉をのせて優しく撫でる。

二ヶ月ほど前から、要くんはストーカー被害に遭い始めた。
気味の悪い無言電話に、大量に送りつけられる手紙や写真やメール。そんなことが毎日続き、要くんの精神状態は限界に達していた。
何をしていても、どこにいても、彼は怯えている。常に誰かに付き纏われている感じがして気持ち悪いと、嘔吐してしまうこともあった。いくらメアドを変えても、携帯を変えても、無言電話やメールがおさまることはない。引っ越しもできず、送りつけられた写真の枚数は、既に三桁を軽く超えている。それなのに、犯人はまったく分からない。彼自身も、まったく心当たりがないし、姿を見たこともないそうだ。警察に届け出ることを提案してみたが、親に心配をかけたくないのか、要くんはそれを嫌がった。
つまり、八方塞がりなのである。

「先生…俺、もう、限界です…」
 
腕の中で、要くんはポツリと呟いた。
少しだけ体を離して顔を覗き込むと、表情をなくした虚ろな目が見えた。そんな彼の姿に胸が苦しくなり、俺はそれまでより強く抱きしめる。

「大丈夫だよ。俺が守ってあげるから。だから、そんなこと言わないで。大丈夫だから」
「…っ、せんせ…」
 
再び涙を溢す要くんを、俺はただただ抱きしめ続けた。赤子をあやすように背中をポンポンと軽く叩いてやれば、安心したのか、そのまま目を閉じてしまった。目の下には隈ができているし、きっと眠れていなかったのだろう。本当にかわいそうな要くん。
しばらくは、ここで寝かせてあげよう。
あぁ、そうだ。毛布も持ってきてあげなきゃ。風邪でも引いたら困るし。




−−薄暗い寝室の中、毛布を片手に、目についた一枚の写真を手に取った。そこには、笑顔の要くんが写っている。ストーカー被害に遭う前の、笑顔を失っていない要くんが。そんな写真を見つめつつ、俺は先程の要くんを思い出す。
精神が半崩壊状態で、虚ろな目をしていた要くん。あぁ、思い出すだけで胸が苦しくなる。


…笑いが込み上げてくる。

「ふふっ…、もっと、もっと怖がって、もっと俺を頼ってよ、要くん…」

追い詰めれば追い詰めるほど、彼は俺を頼ってくれる。 俺の傍にいてくれる。俺だけを、見てくれる。あの虚ろな目が映しているのが俺だけだと思うと、それだけで嬉しくなった。
彼は、もう俺なしではいられない。正常な精神状態を保つことができない。俺なしでは、生きていけないんだ。あぁ、嬉しさで胸が苦しいよ。 ねぇ、要くん。俺だけを見て。俺だけをもっと愛して。要くんは、俺だけのものでしょう?
最初に抱いていた罪悪感は、とっくのとうに消えてしまった。今はただ、彼により愛されるためだけにストーカー行為を続ける。
そして、それを俺が支えてあげるんだ。

「大好きだよ、要くん…」

笑顔を残した写真を引き出しに仕舞い込み、俺は静かに部屋を後にした。




(さて、次は何を送ってあげようか)

- END - 





1/2

 
←back

×
- ナノ -