短編 | ナノ
「先生、俺、先生のことが好きでした」

放課後、生徒会の仕事をしていた塚原くんは、唐突にそう言った。
こちらを見るでもなく、手を止めるでもなく、世間話をするようなかんじで放たれた言葉に、俺は危うく持ってきた資料を落としそうになる。
この子は、今なんと言っただろうか?好きだとかいう言葉が聞こえたように思うけど、俺の聞き間違いじゃないよね?
黙々と作業をしている彼の表情からは、なんの感情も読み取れない。静かな教室には、紙を捲る音と鉛筆を走らせる音だけが響き、彼が口を開く気配もなかった。

「あの、塚原くん…?」

沈黙に耐え兼ねて声を掛けてみれば、彼は手を止めた。そして、今度はこちらをしっかりと見つめ、先程と同じ言葉を繰り返した。その口調は、あまりに淡々としていて、好きと言うわりにはまったく好意を感じられない。これは、一体どういうことなんだろう。彼は、俺に何を伝えたいのだろうか。
困惑するだけで何も答えられない俺を、塚原くんは相変わらず真っ直ぐ見つめてくる。けれど、その瞳にすら好意的なものは感じられない。ただただ、無表情に俺を見つめるだけ。
夕陽も沈みかけ、段々と教室も薄暗くなってきた。その薄暗さが、なんだか今はとても不気味に感じられる。
そうして暫くの沈黙が続いたが、やがて彼は、電気も付けずに作業を再開した。俺は、そんな様子を見て、途方に暮れた。本当に、どうしたらいいのか分からない。けれど、このまま帰るわけにも行かない。だって、あれは告白だったんでしょう?だったら、返事をしても、いいよね?
塚原くんの傍まで近付き、声を掛ける。そして、俺も塚原くんが好きであることを告げた。
普通なら、これで両想いのハッピーエンド。だけど、返ってきたのは予想外の反応だった。

「…俺、言いましたよね?先生のことが好きでした、って」
「え?うん…?」
「俺は、先生が"好き"ではなく、"好きだった"んですよ」

最初のように、こちらをちらりと見ることもなく、彼ははっきりとそう言った。

俺は、先生が好きでした。大好きでした。授業で黒板に向かう背中も、廊下ですれ違ったときにしてくれる挨拶も、穏やかな声も、優しい笑顔も、全部どうしようもないくらい好きでした。でも、先生は教師で、俺は生徒。しかも男同士。こんなの、どう考えたって叶わない恋でしょう?だから、俺、好きって気持ちを捨てたんです。心の底に沈めて、埋めて、消したんです。
なのに、なんで…。なんで好きだった、なんて告白みたいなこと言っちゃったのかな。なんで、先生も俺を好きとか言っちゃうのかな。俺、もう、先生のこと、好きじゃないはずなのに…っ

いつの間にか、作業をする手は止まっていた。
ぱたぱたと資料に雫が落ち、小さな染みを作っていく。彼は、肩を震わせて泣いていた。
嗚咽を漏らしながら泣く彼を抱きしめようとしたが、手を伸ばしかけて躊躇った。彼は、必死に自分の想いを押し殺してきた。その気持ちや努力は、俺が抱きしめたら全て無駄になる。果して、それでいいのだろうか…。
そんなことを少し悩んだが、直ぐに結論は出た。

「塚原くん、俺は君が好きだよ。気持ちに蓋をすることはできるけど、嘘はつけない。だって、そんなことしても、2人とも辛いだけだから…!」
「せん、せ…、俺、‥俺も、先生が好き、です…っ」

腕の中で、塚原くんは子どものように泣きじゃくった。そんな彼を力いっぱい抱きしめながら、俺は謝罪を繰り返す。今まで辛い思いをさせてしまったこと。気持ちの制御を無駄にしてしまったこと。気持ちに気付けなかったこと。
本当にごめんね。
でも、これからはそんな思いさせないから。
俺を好きになってくれて、ありがとう。

- END - 





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