短編 | ナノ
※黒祐希
 要は名前だけ




「先生って、要と付き合ってますよね?」

静かな放課後の教室で、祐希くんは強めの口調でそう言った。
疑問形にしているけど、それは形だけ。断定的な言い方で放たれた言葉に、俺は動揺を隠せない。

「な、何言って…」
「隠さなくていいですよ。知ってますから」

いつもの様子からは想像できないような鋭い眼で見られ、ぐっと息が詰まる。
何でバレた?彼は、それを俺に言ってどうしたい?警戒しながら祐希くんを見ていると、彼は口元に弧を描き、こちらへと近付いてきた。俺は、情けないながらも祐希くんが1歩を踏み出すごとに後退る。

「もしそのことが他の先生や生徒、更には保護者なんかにバレたら、大変なことになりますよね」
「…何が言いたいの?」
「先生は転勤とか転職すればいいかもしれないですけど、要は大変ですよね。受験とか同級生からの目とか」
「だから、何が言いたいの!?」

窓に背中がぶつかったと同時に思わず声を荒げると、祐希くんは足を止めて不気味なくらい綺麗に笑った。
彼の考えていることが分からない。言いたいことが分からない。仮にバラすことが目的だとして、彼になんのメリットがある?幼馴染みの要くんを困らせてどうしたい?俺にはさっぱり、祐希くんが何を目的としているのか分からなかった。
分からないから、不気味だ…。

「先生、俺ね、要が好きなんです。要が欲しいんです」
「…え?」
「だから、先生は別れてくださいよ。…断ったら、どうなるか分かるでしょう?」

あからさまな脅しだった。
断ったら、祐希くんは確実に誰かにこのことをバラすだろう。それだけは、絶対に避けなければいけない。彼の言う通り、受験を控えたこの時期にそんなことがバレれば、必ず支障を来すはずだ。でも、素直に"はいそうですか"と別れられるほど適当な気持ちで付き合っているわけでもない。第一、こんなやり方では要くんが祐希くんを好きになるなど有り得ない。
こんなの、間違ってる。

「先生?聞いてます?」
「…こんなやり方しても、要くんは君のものにはならないよ。本当のことを知れば、要くんは君を好きになるどころか嫌いになるんじゃないかな?」

諭すように語りかけると、祐希くんはそれまで浮かべていた笑みをすっと消し去った。そして、無表情に言葉を紡ぐ。

「分かってますよ、そんなこと。でもね、誰かのものでいるのは許せないんです」
「…要くんの気持ちは、どうでもいいの?」
「この際、気持ちは後からでいいですよ。たとえ最初は嫌われたとしても、要が手に入ればそれで」

彼の言うことは、やっぱり間違ってる。そこにあるのは、愛情ではなく歪んだ独占欲。大好きで大切な人と、そんな独占欲のために別れるなんて納得できるわけがない。でも、要求を飲まなければ…。
ぎりっと歯を噛み締めた俺を見て、祐希くんは再び歪んだ笑みを浮かべる。

「証拠の写真も用意してあります。…いい答えを期待してますからね?」

何も言い返せない俺に、彼は3日という期限を付けて教室を立ち去った。
どうにもできない絶望感だけが、そこには残されたのだった。





(大好きな彼の笑顔を)(俺が壊すことになるなんて)

- END - 





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