短編 | ナノ

意思とは関係なく、次々と涙が零れ落ちる。
兄貴は、少しの間その様子を黙って見ていたけれど、不意に袖で俺の涙を拭った。そして、ごめんな、と呟く。
それを聞いた瞬間、俺の中で溜まっていたものが全て爆発した。

「なんで…っ、なんで兄貴はそうやって優しくするんだよ!行かないで、なんて俺の我が儘だろ!?無視して行けばいいじゃん!中途半端に優しくすんなよ!そんなの、辛いだけなんだよ!」

矛盾してるって分かってる。
行くなと言っておきながら、行かないことを怒るなんて、そんなの理不尽だ。
でも、辛いんだよ。中途半端な優しさは。だって、兄貴は俺だけに優しいわけじゃない。他の人にも同じくらい優しい。だったら、優しさなんかいらない。突き放してくれればいい。そうすれば、諦めがつくから。俺は一番になれないって、分かるから。
床にへたり込んでしまった俺に合わせて、兄貴もしゃがんだ。そして、ごめん、と再び謝罪を口にする。

「辛い思いさせてたんだな。気付いてやれなくてごめん。我が儘でもいいよ。太一が行ってほしくないなら、俺は行かない。だって、太一のこと大事だから」

兄貴が頭を撫でながらそんなことを言うもんだから、俺の涙は余計に止まらなくなった。
年甲斐もなく大泣きする俺に、兄貴は優しく寄り添ってくれた。
兄貴にとっての一番になりたい。それはやっぱり変わらない願望だけど、兄貴が俺を大事だと言ってくれたから、少しだけ気持ちは軽くなった。
諦めるつもりはない。兄貴には、俺を惚れさせた責任を取ってもらう必要がある。兄貴は、我が儘でもいいって言ったよな?それなら、その我が儘、思う存分聞いてもらおうじゃないか。




まずは、手始めにデートでも。

- END - 





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