短編 | ナノ
きらりんの勘違いから起こった騒動から数日。俺は、兄貴に対してまだ素直になれずにいた。
兄貴の一番でいたいのに、兄貴が気にするのは俺だけじゃない。きらりんのことだって、愛恵さんのことだって、俺のことだって…。皆を皆、平等に気にかけるんだ。あの様子じゃ、きっと学校でもクラスの連中を気にかけているんだろう。
兄貴は器用な人だから、そうやっていても全部をそつなく熟す。それがまた腹立たしいんだ。
失敗の一つでもしてくれたら。少しでも俺を頼ってくれたら。そんな思いばかりが募って、イライラも増幅する。兄貴が俺だけを見てくれたら…なんて、我が儘なのは分かってる。でも、そう願わずにはいられないんだ。そんな俺の気持ちなんて知らない兄貴は、今日もきらりんの家に勉強を教えに行くんだって。ほっとけばいいのにさ。兄貴の負担が増えるだけなんだから。それに、兄貴が出掛けたら俺、一人じゃん。ねぇ、行かないでよ。兄貴がいなきゃ嫌だよ。

「…行かないで」

気付けば、俺は無意識のうちに、出ていこうとしていた兄貴の服の裾を握っていた。
たぶんきょとんとしているであろう兄貴と目を合わせることなどできず、俺はただ俯いて立っていた。

「太一?急にどうした?」
「…………」
「具合でも悪いのか?」

何も言わない俺に、兄貴は優しく声を掛ける。
この人は、いつだってそうだ。俺がいくら言うこと聞かなくても、反抗的な態度をとっても、怒ることもない。ただ、寂しそうな、悲しそうな顔をして見つめるだけ。…愛恵さんの件のときだけは、別だけど。
あのときのことを思い出して、じわりと涙が滲む。俺は、ただ兄貴の一番になりたいだけだった。兄貴に俺だけを見てほしいだけだった。きらりんの言葉で気付かされた、兄貴の然り気ない気遣いだけじゃ足りない。
きらりんに勉強を教えてる時間も、愛恵さんのお見舞いに行く時間も、俺のための時間にしてよ…。
だって、俺、兄貴がいなきゃ…、

「……兄貴、一人にしないで‥」

ずっと隠していた言葉が、涙と共に零れた。




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