お題 | ナノ

「ねぇ、こーちゃん!」

…あきらが呼んでいる。でも、俺は最後まであきらの言葉を聞かずに走り出した。
もう一週間もこの繰り返し。あきらも諦めてくれればいいのに、何度もめげずに俺に話し掛けようとする。
あきらから逃げる中、俺の胸は始終傷んだ。後悔の念が押し寄せて、胸が苦しくなる。あんなこと言わなければ、こんな事にならなかったのに…。






――‥


「あ、こーちゃーん」

ある休日。
街を歩いていると、後ろから聞き慣れた声に名前を呼ばれた。振り返れば、そこにいたのは思った通りあきらで、ニコニコしながら、奇遇だねー。何してんの?と近寄ってきて、俺の隣を歩き出した。

「俺はちょっと本屋に行ってて、今帰るとこ。あきらは?」
「んー?僕はねぇ、そこにできた新しいケーキ屋さんに行ってきたとこー」
「ふーん。じゃあ、あきらも今帰りなんだ」
「うん。だから、一緒に帰ろっ」

あきらはそう言いながら、俺に手を差し出してくる。この行動に特別な意味がないことは知っているが、あきらのことを好きな俺は、内心嬉しくてしょうがない。まぁ、それを面に出すことなんて絶対できないけど。だって、これはあまりにもアブノーマルな恋だから。男であるお前が好きだなんて、そう認められるものじゃないだろ?だから、俺は親友という位置でいいからずっとお前と一緒にいたいんだ。

…そうずっと思ってきたのに、俺の中で何かが弾けた。
あきらと歩いているところに偶然通り掛かった委員長。「あ、いんちょーだ!」と言って、委員長の方に走っていこうとするあきら。
なぁ、あきら。お前は今、俺といるだろ?委員長のところになんか行かないで。そう思ったら、あきらの腕を掴んで引き留めてた。そして、そのまま引き寄せ、抱きしめる。あきらはキョトンとして「こーちゃん?」と俺を見上げる。
誰にもあきらをとられたくない。あきらとずっと一緒にいたい。あきらの隣は俺の場所であってほしい。色んな感情が入り混ざって、街中であることも忘れ、俺はあきらの了承もなしに唇を奪った。少し押し付けるような強引なキスをした後にあきらの顔を見れば、大きな目から零れる一筋の涙が頬をつたっていた。
あぁ、俺はなんてことをしたんだろう。大好きな人を傷付けて、自分で今までの関係を壊した。もう、今まで通りの親友には戻れない。
自分のしたことを後悔していると「…こーちゃん」と小さく名前を呼ばれた。…やめて。自分勝手だけど、何も聞きたくない。拒絶や軽蔑の言葉なんて、聞きたくない…!
俺は、もう一度名前を呼ぶあきらを置き去りにして、自宅へと走って帰った。あんなことしなければ、今だって隣で笑っていられたのに。俺は、もう二度とあきらの声に応えることはできない。

「…こーちゃん!」

あぁ、また君の声がする。でも俺は振り向かない…。いや、振り向けない。
だってそれが、俺が自分に課した罰だから。





君の声がしたのに振り向けない


- END - 





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