お題 | ナノ

「‥え、今、なんて…?」
「…別れましょう」

俺は静かに先程言った言葉を繰り返した。先生は突然突き付けられた別れにひどく戸惑ったようで、どうして?何で?と質問ばかりを繰り返す。でも、俺はそれには答えず「今までありがとうございました」とだけ告げ、その場から離れた。名を呼ばれたけど振り返ることもせず、ただひたすら走った。
…これで良かったんだ。これがあの人のためなんだ。だって、先生は最初から俺なんか見ていない。同性を、しかも先生を好きになってしまった憐れな生徒のために、恋人ごっこに付き合ってくれてただけ。その証拠に、あの親友だとかいう人と話しているときの先生は、俺といるときより楽しそうじゃないか。きっと、先生はあの人が好きなんだ。

だから、もう解放してあげる。今まで優しくしてくれて、ありがとうございました。

走り続ける俺の頬を、絶えず涙が伝った。まだ先生のことは好きだ。大好きだ。でも、それは先生にとって迷惑だろうから、もう諦めるって決めたんだ。短い間だったけど、大好きな人と一緒に居られたんだから、俺は幸せ者なんだ。
息が切れてきて走るのを止めたところで、携帯が鳴っているのに気付いた。開いてみれば、"着信あり"という文字。履歴には東 晃一という愛しい人の名前がずらりと並んでいた。
掛け直したい思いを必死に押し殺し、全ての履歴を削除する。そして、今までの彼からのメールも全て消した。残るは、先生のアドレスのみ。アドレス帳を開き、削除を選択するところで一瞬指を止める。

「…もう、終わりにしましょう」

自分に言い聞かせるように呟いた。
後悔はしない。もう、戻らない…。そう固く決意し、決定ボタンを押す。その後すぐに表示された『削除しました』という文字は、心に大きな穴を空けただけだった。

さようなら、先生…。







削除しました


(この携帯のデータのように)(俺の気持ちも削除できたなら)

- END - 





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