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やっと仕事が終わってふと窓の外を見ると、空はもう暗くなってきていた。もうこんな時間になってたのかと思うと同時に、教室で自分を待っているであろう一人の生徒に対して申し訳なく思った。今日は仕事が少なくて早く帰れそうだと告げたとき、俺の恋人であるその生徒は「じゃあ、仕事終わるの待ってます。終わったら、教室に呼びに来てください」と言った。
今日の仕事はもっと早く終われるはずだったのに悪いことをしたなとか、もしかしたらもう帰っちゃったかなとか、色々なことを考えながら急いで恋人の待つ教室へと向かった。

「要くん、遅くなってごめんね」

声を掛けながら教室の扉を開ければ、机に突っ伏した要くんがいた。しかし、俺が教室に入っても顔を上げようとしない。「要くん?」と呼び掛けながら彼に近付くと、聞こえてきた微かな寝息。机にノートが広げてあるのと、眼鏡を掛けたままなところを見ると、どうやら勉強をしていていつの間にか寝てしまったらしい。早く彼を起こして帰らなければいけないと分かっていても、普段見ることのない寝顔を見ていたいとも思った。そっと彼の横にしゃがみ込んで寝顔を見つめてみるが、まったく起きる気配はなく、気持ち良さそうに眠っている。普段は割と凛としているけど、こうして見るとまだ子どもだなぁ、なんて思って自然と口元が緩む。
生徒会の仕事や勉強に対して絶対に手を抜かないし、友達の頼みもなんだかんだ言いながらも引き受けちゃう要くん。いつもそうやって頑張ってるのを、俺は知ってるよ。要くんは、「そんなに頑張ってないです」って言い張るけど、予習だって毎回やってきてるし、今日みたいに俺と帰る約束がない日だって遅くまで残って勉強してるし…。

「本当に頑張り屋さんなんだから…。あんまり無理しないでね」

そう言いながら彼の艶のある黒髪をそっと撫でた後、軽く肩を揺すって起こした。

「要くん、起きて」
「…先、生?仕事、終わったんですか?」
「うん。遅くなっちゃってごめんね」
「いえ、大丈夫です」
「そう?じゃ、帰ろっか」
「はい。…あ、先生」
「ん?何?」
「…俺、そんなに頑張ってないし無理もしてませんから!」

そう言うと同時に、要くんは教室を飛び出してしまった。最初は何の事だかまったく分からずポカーンとしていたが、少し考えてみてハッとした。
もしかして、今のって俺がさっき言った言葉に対して?それじゃあ、要くんは起きてたの?でも、それなら何で寝たフリなんかしてたんだ?ぐるぐると色んな考えが頭を巡る中、俺はある重要なことに気が付いた。一緒に帰るはずの要くんに置いてきぼりにされた事に…。
俺は「ちょ、要くーん!待ってよー」と誰もいない廊下に向かって叫びながら、慌てて教室を飛び出した。






教室を出た俺はその後、無事に要くんと合流することができた。
夜道を歩きながら、何故寝たフリをしていたのか、いつから起きていたのかを聞いてみたが、要くんは答えようとしなかった。でも、何度も言うようだけど無理はしないでね、という言葉にだけは、「…憧れの人に近付きたいんです。だからもっと頑張らなきゃいけないんです」という返事が返ってきた。
意外な答えに少し驚きながらも「憧れの人って?」と訊ねてみたが、それは教えませんとはっきり言われてしまった。
要くんの憧れの人…。一体どんな人なんだろう?

俺はこのとき、要くんのいう"憧れの人"というのが自分であるとはまったく考えもしなかった。

- END - 





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