log | ナノ
ある休日のこと、俺は先生の家にいた。
先生が、やっと休みができたから遊びにおいで、と誘ってくれたのだ。でも、いざ来てみると普段見慣れてない私服姿の先生を目の前に、緊張してあまり話ができない。ここに来てもう7時間は経とうとしているのに、話しても直ぐに会話が途切れてしまうのだ。
無言でコーヒーを飲むこと30分。先生はこんな俺をどう思っているだろうか。せっかく先生の家まで来たのだからこのままではいけないと思い、取り敢えず先生を呼んでみた。

「…先生」
「………」
「…先生?」

聞こえなかったのか?と思い、もう一度呼んでみると、少し膨れた顔をして俺を見てきた。え、怒ってる?
怒らせてしまった理由を考えて焦っている俺を真っ直ぐ見たまま、先生は声をかけてきた。

「…要くん」
「‥何ですか?」
「呼び方」
「えっ?」
「ここは学校じゃないんだから"先生"じゃなくて、名前で呼んでよ」

…そんなこと?
急に何を言い出すんだ、この人は。何かとても失礼なことでもしてしまったのかと心配したのに、原因が呼び方って…。あまりにも拍子抜けな理由に、俺は呆れてしまった。そして、期待するように見てくる先生に多少は悪いなと思いながら「呼びませんよ」と告げた。

「だって、ここが学校じゃなくても先生は先生ですから」
「そんなこと言わないでよ。いいじゃん、名前で呼んでよ」
「……晃一先生」
「えっ!?ちょっと待って!それはないでしょ!」
「ちゃんと名前呼んだじゃないですか」
「先生は余計だよ。ね、この際一回だけでいいから、名前呼び捨てで呼んで」
「嫌です。俺、年上の人は呼び捨てしない主義なんです」
「えー、何その主義。そんな主義いらないよ」

そうですね、先生。そんな主義、俺にはないです。名前を呼ぶなんて簡単なことだけど、照れくさいから呼ばない。ただそれだけの理由です。先生はまだ、名前で呼んでくれってせがんでくるけど、俺は完全無視。いつの間にか緊張も解けて普通に話せたし、時計を確認すればもう8時になろうとしている。今日のところはそろそろ帰ろう。俺は立ち上がって、帰り支度を始めた。

「じゃ、俺そろそろ帰るんで」
「え、帰っちゃうの?夕飯食べていきなよ」
「いえ、いいです。それでは、失礼します」
「要くん!待ってってば」

後ろから追いかけてくる先生を完璧無視して玄関へと向かう。
でも、靴を履いてから一言だけ言ってやった。

「また、明日。……晃一」

その後は先生の顔も見ずに、急いで扉を閉めて自宅へと走った。






――‥帰宅後


『あ、もしもし要くん?あのさ、さっき名前呼んでくれたよね!?でも、突然すぎてちゃんと聞いてなかったから、もう…』


先生からかかってきた電話を、俺は一言も発することなく途中でブチッと切った。

- END - 





1/2

 
←back

×
- ナノ -