log | ナノ
「ねぇ、こーちゃんはもう決めた?」

HRが終わり、机の中身を鞄へと移している俺に、あきらは唐突に質問をしてきた。いつものことながら、あきらが何の話をしているのかはさっぱりわからない。"何か決めることなんてあったっけ?"と考えを巡らせていると、あきらは再度質問を投げ掛けてきた。

「ねぇってば!こーちゃんは、もう決めたの?」
「え〜っと…何のこと?」

やっぱり何の話か分からず質問を返せば、あきらは大きな溜め息をつき、一枚のプリントを目の前でヒラヒラさせた。

「コレだよコレ!!まったく、この間配られたプリントのことも忘れちゃうなんて、ボケてきたんじゃないの?」
「俺、まだ17なんだけど…」

そう言いながら差し出されたプリントを見て、やっとあきらの言ってることが分かった。

今度行われる
職場体験の希望調査表

リストを見ながらあれこれ考えてはいるが、まだ将来やりたいことが見つからない俺は、職場体験先が未だに決まっていない。

「俺は…まだ決まってない」
「ふ〜ん、やっぱり君は決断力がないんだね」
「…あきら君は決断力がありすぎだけどね」
「うわっ、僕褒められちゃった!」
「いや、決断する前にもっと考えて行動しろってことだよ」

…とは言ったものの正直な話、あきらの決断力を羨ましいと思うこともある。リストと提出用紙が配られて早5日。このままでは、未決定のまま提出日を迎えてしまう。どうしようか…。やっぱり早く決めなければマズイと思い、プリントとにらめっこを始めた俺を、あきらは黙って眺めている。
しかし、それも数分続くと心配になってくる。いつもお喋りなあきらがずっと黙ってるなんて…。もしかして、ほったらかしにしたから怒ってんのか?気になってあきらの方に顔を向けると「もう決まったの?」といつもの調子で聞かれた。怒ってはないみたいで、少し安心。でも、まだ決まってないということを伝えたら怒るだろうか?まぁ、こんな短時間で決まるはずもないんだけど…。

「あー…まだ、です」
「遅いなぁ。もうさ、そんなに決まらないなら、僕と一緒にココにしよ」

あきらは「ココ!」と言って'陽だまり幼稚園'という文字を指差した。

「幼稚園?へぇ〜、あきらは子どもが好きなんだ」
「別に」
「え?じゃあ、何で幼稚園?」
「そんなの、遊べるからに決まってるでしょ。遊ぶのが仕事なんて、ココくらいだよ!」
 
"あきらは将来のことをちゃんと考えてるんだ"とか一瞬でも思ったのは、どうやら大間違いだったらしい。遊ぶのが仕事って…

「そんなわけないでしょ!!幼稚園の先生は、子どもの面倒をみるのが仕事だからね!?」
「え〜、表向きはそうかもしれないけど、実際は子ども同士で適当に遊ばせといて、先生は自分の好きな遊びしてるよ。漫画読んだりゲームやったり」
「全国の幼稚園の先生に謝りなさい!!有り得ないからね!?」
「もう、何なのさ。僕は本当のことを「言ってないからね!?」」

あきらの反論に言葉を被せれば、「人の話はちゃんと最後まで聞くって習わなかったの?」と怒られた。
習ったよ!習ったけども!!お前があまりに非常識なこと言うからツッコまずにいられなかったんだよ!……まぁそれはいいとして、問題は職場体験だ。あきらがちゃんとした理由で選んだ場所なら俺も一緒でもよかったけど、遊べるからという理由ではどうしようもない。
仕方ないな、真面目に二人で考えるか…って、

「…何書いてんの?」
「あ、こーちゃんの分はもう書いといてあげたから、提出くらい自分でしてよね」

そう言われ、渡されたのはさっき鞄にしまったはずのプリントだった。
あきらの字でしっかり記入されているというおまけ付きの…。

「ちょっ、何勝手に記入してんの!?あー、もう!ボールペンだから消せないじゃん!!」
「あったり前じゃん!大事な提出物はボールペンで書く。これ、基本だよ?」
「大事な提出物は本人が書くっていうのも基本だよ!」
「あー、それは"こーちゃんが字が書けないって言うから僕が代わりに書きました"っていうから大丈夫」
「俺は何歳のガキだよ」
「もうっ!いいじゃん。これでやっと決まったんだからさ!!」
「ハァ。理由が適当すぎるけどね…」

こんなふうに適当に決められた職場体験先。
このときの俺達は、まさか将来自分も「先生」と呼ばれることになるとは思いもしなかった。


- END - 





1/2

 
←back

×
- ナノ -