A requiem to give to you
- 白銀に歌う追復曲・後編(1/10) -



人は、親が互いを愛し合って生まれ、愛を与えられて育つ。外の世界の様々な刺激を受けて、感情を育み、友を作り、夢を持ち、未来へと歩んでいく。

ある人は夢を叶える為にわたしを作った。………いや、作ったとは語弊を生むかも知れない。作ったと言っても、わたしはきちんと母の痛めた腹から産まれている。母はわたしを自分の子として愛してくれているし、わたしもそれを受け入れている。

しかし、目的は間違っていない。

わたしは普通とは違う。普通の人のように、親が愛し合って産まれたわけじゃない。

その生きる意味も、目の前の人が己の人生を賭けて行ってきた夢を叶える為にある。



『お前は、僕の希望だ』



目の前の人………続柄的には父親にあたるこの人はわたしによくそう言って頭を撫でた。優しく微笑んでくれた。

どんなに周りから非難されても、強かに夢を追いかけるこの人がわたしは大好きだった。

この人の笑顔を守りたかった。

この人の夢を叶える為に、役に立てるようになりたかった。

この人がわたしを自分の子供ではなく、夢を叶える為の道具だと思っていても、そこに本来注がれる筈の愛がなくても、わたしは産まれた時からそう言った存在理由があり、理解もしている。

辛いなんて思った事はない。頭を撫でてくれるその手が暖かい事も、この人が本当に愛する人たちの為に夢を叶えようとする優しい人だって事を知っていたから、わたしはその夢を全力で応援したかったんだ……───






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







白銀の世界。街から少し外れたこの場所で、少女は人を探していた。

銀色の雪を落とし込んだような髪を持つ少年から、探し人は恐らくここに来ていると聞いて、あの蜂蜜のような色をした金髪の姿を見つけようと辺りを見渡す。

暫く進んだ先に、その少年はいた。

少年の足元には事切れた魔物の死骸が散乱している。それは切り刻まれていたり、焼け焦げていたり、或いは凍りついていたりと死因は様々だったが、それは全てこの少年が行ったのだろうか。

その溢れんばかりの血の匂いに釣られてきたのか、一匹のアイスウルフが少年に飛びかかってくる。



『危ない!!』



思わず大きな声を上げ駆け出す。しかし少年は近付いてくる気配に構わず魔物へと譜術を放った。



『ロックブレイク』



それは寸分のズレもなくアイスウルフへと命中し、迫り上がる地面に飲まれ、潰されて、やがて絶命した。

その一連の流れを少年は顔色一つ変えずに行う。少女も街の人から聞いてはいたが彼のこれは日常茶飯事らしく、魔物を殺してはその骸を漁っているとの事だったが、ここに来てまだ日が浅い少女は少年のこの姿は初めて見た。

魔物が絶命した時に大分少年との距離を縮めていたのもあり、少女にも魔物の血が大量に付着してしまった。しかし目の前の少年はそんな事も気にせず、況してや魔物の死骸を何の感情もなく見つめては、やがてこちらを向いた。



『ねぇ』



少年は口を開いた。その声色は恐怖でも、怒りでもなく……見えた色は、好奇心。



『死ぬって、どんな気持ちなのか……あんたにはわかるのか?』



きっと、彼は純粋に少女の反応が気になったのだろう。街の人から「バケモノ」とも呼ばれているこの少年に、ここに来てから目の前の彼を含め、少女を手助けしてくれている者が開いている私塾の生徒たちを、噂を恐れもせずに可愛がるこの少女が、このような姿を見せてどう思うのかを。そして……無慈悲にも散らされる命に対して、どのような感情を持つのかを、知りたかったのだと少女は理解していた。

しかし如何様にしても、少女の答えは一つに決まっていた。



『ジェイド君、わたしはね───』






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







───理に愛されし者よ



「…………ん?」



ケテルブルクのホテルで割り振られた部屋で休んでいたヒースは、突然に聞こえて来た声に読んでいた本から顔を上げた。

有り難くもこの街の知事から人数の多い自分達一人一人に与えてくれたこの部屋には当然ながら今はヒースしかおらず、少し気味が悪いと思いつつも辺りを見渡す。

時刻はそれなりに遅く、小さい子どもであればもう寝ている筈の時間。街の店も大体が閉まっており、昼間の賑やかさはなりを潜めている。

正直、心霊現象の類が得意ではないヒースにとって勘弁してほしい状況だが、気の所為の可能性もあるので隣に助けを求めるのも気が引ける。



「……誰かいる、のか?」



一応、問いかけてみる。しかし返事はない。

やはり気のせいだったのか、と不安な気持ちが残りつつも再び本を手に取ろうとした時、ドアをノックする音が聞こえてきた。



「ヒース、起きてるか?」

「グレイ?」



幼馴染みの声が聞こえてきてドアを開けると、室内だと言うのにどことなく厚着をしているグレイが経っていた。

シャワーでも浴びたのか、普段のセットしている髪は降りていて、その様相は色こそ違うがどこぞの聖職者とやはりよく似ている。



「どうしたんだ? こんな時間に」



そう問うと彼は少し疲れたような顔をしながら「あー」とか「えー」とか言いながら頭をかき、話を切り出しにくそうにしている。



「あの……よ。ちょっと話したい事があってだな」

「そっか。……まぁ、入れよ」



僕も丁度お前と話したい事があったんだ。

そう言ってグレイを招き入れると、部屋に備え付けられている椅子に腰掛けた。

グレイももう一つの椅子に腰掛けるのを確認して彼が話し出すのを待っていると、暫くの沈黙の後、静かに話し出した。



「まず、確認したいンだけど」

「うん」

「お前とタリス……涙子はオレと日谷の記憶が欠けている事は知ってるんだよな?」



その問いにヒースは迷う事なく頷いた。それを認めるとグレイは続けた。



「オレ達の世界での二年前の春。それ以前の記憶が所々曖昧だった。今までは気にも留めてなかったけど、この世界に来て自分の能力を自覚してから、少しずつ違和感を覚え始めた。時には夢と言う形で、欠けている部分の記憶を見る事もあった」

「思い出したんじゃなく?」

「これは涙子にも言ったけど、思い出したってよりはあくまでも映像を見ているのと同じような感覚だな」

「……そうか」

「さっきのジェイドの部屋でオレの能力の話が上がった事でわかったかも知れねーけど、オレや日谷の記憶がないのは……十中八九オレの能力が原因だと思う」



以前ディストからの話を聞いていたのもあり、それについてはヒース自身もある程度予想がついていた。

しかしグレイがそれをある程度自覚しているとは思わず、ヒースは驚きつつも頷いて話の続きを促した。



「原因がわかれば、多分記憶も戻ると思っていたンだ。けど……」

「戻らなかったのか?」



ああ、とグレイは頷いた。



「でも、戻らないことも予想出来てた」

「どういう事だ?」



先程の話では、彼の能力は記憶の操作だ。消す事も出来れば、戻す事も可能だと言ったのはグレイ自身である。



「この力の特徴は、パソコンで言う所のデータの一時保存みたいなモンだ」



つまりは切り取ったデータ(記憶)を別のフォルダ(グレイ自身)に保存していると言う事。戻せないという事は、保存先にデータがないから、と言う事らしい。



「その力ってさ、記憶の完全消去も出来るものなのか?」

「本来なら、出来ない筈だ。ただ、」

「ただ?」

「さっきの日谷の話で、フィリアムのレプリカ情報の出所について聞いて思ったことがあってよ」

「! まさか……」



グレイの言葉にヒースもある事実に行きつき、思わず震える声で彼を見ると、彼もまた険しい顔をして頷いた。



「フィリアムは日谷の……宙の失った記憶そのモノだ」

「……っ!!」

「でもオレが言いたいのはその先についてだ」



それだけも十分衝撃だとだと言うのに、その先とは一体なんなのか。そう思っているとグレイは更にこう言ったのだった。



「これは完全にオレの憶測だけどよ。あのトゥナロとか言う奴……















アイツもまた、オレ自身の無くした記憶なンじゃねーかって思ったんだよ」
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