A requiem to give to you
- 過去より今を、今より未来を(6/7) -



「答えてヒース。君が……………治療を受けたって言う人は───誰?」

「誰って……」



そう言ってヒースは記憶を巡らせる。怪我の治療後、リハビリが終わった後も何度も検診でお世話になっている。

元々地方から一時的に来ていただけの人だったのもありここ数年は会ってはいないが、名前はしっかりと覚えていた。



「確か、逢沢先生……って呼ばれてたよ」

「──────」



そう言った瞬間、目の前の少女の表情から色が消え失せたのがわかった。目を見開き、何も発さなくなった彼女に異常を感じたヒースが慌てて声をかける。



「レジウィーダ? 一体どうし───」

「…………っ!」



肩を揺すろうと手を伸ばした途端、それは振り払われてしまった。そのままレジウィーダは踵を返すと何も言わずに走っていってしまった。



「え!? ちょっと待て!」

「ヒース」



慌てて後を追おうとすると、今まで黙って話を聞いていたトゥナロの静止の声がかけられた。



「お前、その医師の名前を聞いて何も思わなかったのか?」



そう問われ一瞬だけ首を傾げると、直ぐにある人物が思い浮かんだ。

事故の直前、見たこともないくらいに慌てふためいて声をかけてきた人物。それは───



「……え、まさか」

「そのまさか、だ。……逢沢って言えば、















逢沢 未来。宙の兄と同じ苗字だな」



アイツらの親父さんって確か、医者だって聞いたことがあるぞ。

そんなトゥナロの言葉だけがはっきりと耳を突き抜けた。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







『お前は、僕の希望だ』



そう、あの人にとって自分は唯一無二の夢を叶える為の存在だった。あの人の研究が、あの人を幸せにする為に……自分はいる。

あの人は……父は医者であり、研究者だ。生物学を基本としているが、それと同時に龍脈の持つ莫大なエネルギーに関する研究も担っている。

あのエネルギーはまだまだ未知の部分が多い。しかし、時により時空すら凌駕するアレを生物に転用すれば………確かに普通ではあり得ない回復力だとか、力を得ることは出来るだろう。

だって……














まさにその結果を体現した存在が”ここ”にいるのだから。



(恐らく、ヒースを……聖を治したのは医者としての務めだ。だけど、あの子に研究している力を与えたのは……?)



果たしてその目的は研究の一環としてのただの好奇心だったのか。それとも、夢を実現させる為の保険として”道具”の数を増やす事だったのか。

そこまで考えて、レジウィーダは首を勢いよく横に振って考えを霧散させた。



(確かに研究者だもん。一つの結果だけを求めるモノじゃない。それに、能力だって色々なパターンが発現しているんだから……聖があたしと同じ役割を出来る様になるとも限らないんだ)



同じ、自然を扱う能力。ヒースは自然との親和性はかなり高い事は今までのことや、音素集合体の反応からしてわかる。しかし、どの理(ことわり)とも違う、時を司るエネルギーは……また系統が変わってくる。

次元を歪める、と言う点ではこの世界に自分達を召喚していることから、第七音素にもその性質はあるのだろうが、時間そのものを扱えている感じではなかった。

だから…………



(この役目が、代わる事は……ない)



「レジウィーダ」



背後から名前を呼ばれ、レジウィーダがゆっくりと振り返ると、そこにはトゥナロを小脇に抱えたヒースがいた。



「ヒース。……自分から聞いたのに、いきなりいなくなってごめんね」

「別に謝ってもらう程の事じゃないよ。それより、大丈夫か?」



急に顔色が変わったから、と心配を露わにするヒースにレジウィーダは小さく頷いた。



「大丈夫……ただ、ちょっと知りたくなかった事を知っちゃったかなとは思った」

「父親のことか?」

「やっぱり、知ってたんだね」



迷いなく言われた事に心臓が跳ねる感じがしつつもそう言うと、ヒースは首を横に振った。



「さっき君の様子を見るまで考えもしなかったよ」

「え、そうなの?」

「そりゃあ、苗字だって違うんだし、会った事もなかったから知るわけないよね」

「それもそうだ」



確かにレジウィーダ自身、今暮らしている街には母と二人で来ていた。父は研究の為、単身地元に残っていてこっちには医者としての派遣として以外来る事はない。

苗字が違うのは……そもそも父と母は籍を入れていないのだから当然だ(一応、両親の名誉の為に補足するが、別に二人は不貞行為をしたわけではない)

そこでレジウィーダはふと、それならば何故わかったのだろうと疑問が浮かんだ。しかし直ぐに以前の彼やタリスの言葉を思い出し、考えを否定した。



「ああ……あたしの兄、が同じ苗字なんだっけ?」

「? 知ってたのか?」



意外、と言いたげに見つめてくるヒースにレジウィーダは「知らないよ」と返す。



「知らない……けど、”今のあたし”でもその存在は知っている」

「何か、君の家も色々と複雑な事情を抱えているんだな……」



何を思ったのか想像に難くはないが、こちらを配慮してなのかヒースは少しだけ申し訳なさそうにしている。それにレジウィーダは軽く笑った。



「はは、別にヒースちゃんが想像しているような事はないよ、多分。……でも、君には謝らないきゃいけないと思う」

「レジウィーダが? なんで?」

「君のその、辛いとされる過去を作った原因が───あたしの父にあるから」



その言葉に何かを察したようにヒースは静かにレジウィーダを見つめる。そんな彼に言葉を続けた。



「話を、名前を聞いて確信したよ。ヒース、君が患っていた体の不自由さは、龍脈のエネルギーを得た事による副作用だったんだ」
/
<< Back
- ナノ -