A requiem to give to you- 過去より今を、今より未来を(4/7) -
しかしその中で、一つの不安もあった。
(能力がなくなったら、この体はどうなるのだろうか)
視力はともかく、またあの鉛を背負ったような体に戻るのだろうか。もしかしたら副作用のようにより重く自身にのし掛かってくる可能性まで考え、ヒースは背筋が寒くなるような感じがした。
「オイ、顔色が悪い。大丈夫か?」
少し焦ったようなトゥナロの声にハッとする。どうやら思考に深く沈みすぎていたらしい。
「……いや、何でもないよ。心配かけた」
そう言って首を振ってはみたが、獣としての表情はとてもわかり辛いが、トゥナロは明らかに納得のいかない様子だった。
「やっぱり、そう言うところは……変わらないんだな」
「……………」
それにどう返答しようかと困っていると、また別の方向から困惑するような声が聞こえてきた。
「……………精霊?」
二人して声の主を見ると、驚いた表情で未だに言い合いを続けているシルフとノームを見つめるレジウィーダがいた。
精霊、と言う言葉に反応したのだろうか。あれだけ止まらなかった口喧嘩はピタリと止まり、二人(?)も彼女を振り向いた。
『精霊じゃないよ!』
『俺達は音素そのものさ』
「そ、そうなんだ………あ、ヒースちゃん、トゥナロさん」
困惑げにシルフ達の言葉に頷いたレジウィーダがこちらに気付いた。それにヒースとトゥナロは顔を見合わせるとそちらに歩いて向かう。
三人の側まで来るとヒースは溜め息をついてシルフ達を見た。
「漸くおさまったね。やり取りが長いよ」
『『だってこいつが譲らないんだもん』』
「仲良しか」
「音素集合体って、意外と人間臭いんだな」
ハモる二人にレジウィーダとトゥナロが思わず突っ込む。
「一応、威厳のあるのもいるんだけどね」
「他にも会った事があるの?」
ヒースの言い方が気になり、レジウィーダが驚きに目を瞬いて問う。それにヒースは隠すこともないか、と素直に頷いた。
「第四音素のウンディーネとその眷属だって言うセルシウスに会った事があるよ」
「え………ええっ!?」
一拍おいてレジウィーダは今度こそ驚愕を露わにする。そんな彼女に更に続けた。
「それでなんか祝福だって言って、何か力もらった」
「マ、マジ!?」
「マジマジ。まだあまり使った事ないけど、能力の性能は上がったと思うよ」
前までであれば、自然と同調しその力の増減を操作するだけであったが、祝福として力をもらった音素の種類に関しては、音素そのモノを増幅し新たな術技として転用させる事が出来る様になっていた。
それを説明すると、レジウィーダは考えるように顎に手を当てた。
「能力が変化……いや、進化したって事なのか……? でも、それにしたって……」
そう言ってレジウィーダはシルフ達を見る。それにシルフとノームは嬉しそうにヒースの周りをふわふわと飛んだ。
『ヒースはぼくたちにとっても近いんだ! でも、まだ何にも染まっていない』
『だから俺達は力を与えるんだ。仲間が増えるのはとっても良い事だからなー』
その言葉に真っ先に反応したのはトゥナロだった。
「仲間………? ちょっと待て、それって」
『君もそうでしょう? ローレライの眷属じゃん』
「つまり、コイツをお前らの眷属にしたいって事か?」
どこか怒ったようにそうトゥナロがそう問うと、シルフとノームは同時に頷いた。
『『だいせいかーい♪』』
「それは駄目だ」
間髪入れずに拒否をするトゥナロにヒースも困ったように同意した。
「歓迎してくれるのは嬉しいけど……僕は、僕達は帰る場所があるんだ」
『本当に?』
『帰りたいって思ってる?』
「え?」
二人の問いかけにヒースはどう言うことだと言いたげに二人を見る。
『だって、帰っても辛いことばかりかも知れないよ?』
『君を貶める現実の待つ所に帰って、何になるのさ』
「何を、言って……いや、何を知ってるって言うんだよ」
声が震えるのがわかる。
(こいつらが知っている筈がない)
不自由な体を持ったことで受けた様々な不幸と無体。隣にいる幼馴染みだって知らない現実。……知っているのは親友のアイツと、アイツの記憶を持つこの魔物だけ。
そんなヒースの考えを否定するようにシルフは言った。
『世界は違くても、ぼく達は全て繋がっているよ』
『風が、大地が、水が……見てきた全てを俺たちは知っているんだぞ』
ノームも同意するように続けた。
『人間はとっても身勝手な存在だ。君を傷つける人間のいる場所に帰っても、君が辛いだけなんだよ』
『俺たちは楽しいことが大好きなんだ』
『この世界が救われれば、君を縛るものなんて何もない! ───だから』
ぼく達とずーっとこの世界にいようよ!
そう言って笑い、こちらに手を伸ばすシルフ達に悪意はない。そして言っていることも決して間違っているわけでもない事をヒースは理解していた。
だけど、
「やっぱり、僕は帰るよ」
残しておけない物が、たくさんあるから。
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