A requiem to give to you- 潮のせせらぎと友愛の歌(7/8) -
「今まで、嫌な思いをさせてしまってごめんね」
「タリス?」
なんで謝るの、と言いたげにこちらを見るレジウィーダにタリスは構わず「あともう一つ」と続ける。
「あなたは覚えていないから知らないと思うけど。私ね、すごく我儘で、自分勝手だから……ずっとあなたに酷い事をしているの」
「酷い事?」
「そう。あなたが記憶を無くしてから、今現在もずっと」
「あ、やっぱり知ってるんですねー。………………うーん、全然思い当たらないんだけど」
顎に手を当てて考えるも、本気で心当たりがないらしく悩し気に声を上げるレジウィーダが少し面白くて、思わず小さく笑いを漏らす。
「それはきっと、あなたが全てを思い出せばきっとわかるわ。普通であれば、それこそ私を嫌いになってしまうくらい。酷い事をしている」
「もしかしてそれってさ、坂月君に関する事だったりする?」
一つ思い当たる事があったらしくレジウィーダがそう問うと、タリスはそれには答えずに小さく笑って返した。
寧ろそれが答えだった。
タリスのそんな反応にレジウィーダは少しバツが悪そうに頬をかいて言った。
「あー……それについてはタリスがどうこう悩む必要はないよ」
「あら、どうして?」
「どうしてって、そりゃあ……君達が今の関係を望んでくれる事を願うから、かなぁ。てか、あたしとしては君らを応援したいって言うか、余計な事を考えずに幸せになってほしいなって」
そう言ったレジウィーダの言葉にタリスは一度考えるように目を伏せ、直ぐに開くと彼女に訊ねた。
「それは、本当にあなたの本心なのかしら?」
今は記憶はないからそう言っているではないのだろうか。関係性が変わる前からの二人を見てきたタリスには、それがどうしてもレジウィーダの心からの言葉とは思えなかった。
しかしレジウィーダはその質問には非常に困ったように眉を下げていた。
「逆に聞くけど、タリスはそれを聞いたところであたしにどうなって欲しいの?」
「さあ、正直なところ私にもわからないわ」
でも、
「私はあなたが出会うよりもずっと前から彼が好きだったって事は変わらない」
「なら、」
「だけど、私は騒がしい方がもーっと好きなの。陸也は勿論だけど、聖も宙も、そして……
あなたの兄、未来《ミライ》も私が私らしくいられる為に必要な存在」
有無を言わせぬよう言葉を被せてそう言うと、レジウィーダは目を丸くさせて口を閉ざした。
「それを崩してしまったのは私自身だけど、皆で遊ぶ時間も、彼と恋人でいる時間もどちらも大切なの。でも、どちらかしか選べないなんて言われたら、今の私には決められない」
自分勝手で我儘。後悔もたくさんしてきた。それでも、欲しい物が手に入った時の罪悪感の中にあった少しばかりの幸福感は、それは紛れもないタリス自身の本心だ。
やはり酷いとは思う。もしこのまま宙の記憶が戻らず、彼女が己の感情を気付かぬままでいるのなら……そして、陸也の想いが変わらないのであれば、タリス自身もこの関係のままで良いと思っている。
だけど、もしも昔のように戻ったのなら、その時は……きっと、自分は身を退いてしまうのだろうとタリスは自覚していた。
「だからね、お願いがあるの」
「なに……?」
「どんな結末になっても、決して消えようとは思わないで」
こんな事を言った明確な理由があるわけではない。だけど最近のレジウィーダを見ていると、気が付けばどこかへ消えてしまいそうな……そんな危なさを感じる時がある。
(あの人のように、あなたまでいなくなって欲しくはないから)
だから、約束をしよう。それが彼女にとっての重い枷となってしまうかも知れないとしても、これ以上の後悔はしたくはないから。
「約束、よ」
「やくそく………」
言い淀むレジウィーダをタリスは辛抱強く待った。
しかしイオンのカースロット解呪が終わったとアニスから報告が来るまでの間、終ぞレジウィーダから了承の返事が来ることはなかった。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
「ガイ、ごめん!!」
タリス達が宿に着くと、ルーク達は既に中へと入っていた。それを追う様に兵士に案内されて彼らのいる部屋へと来た時、ルークがベッドに腰掛けるガイへと頭を下げているところだった。
側には話を聞きつけていたジェイドもおり、イオンやグレイと共に二人の様子を見守っている。
そんなガイはと言うと、部屋に来て早々突然された謝罪に首を傾げていた。
「俺、きっとお前に嫌な思いをさせてたんだろ……だから───」
「ははは、なんだそれ!」
「けど、カースロットは……」
そう言いかけて、その先を止めたのは笑いを収めたガイ自身だった。
「お前のせいじゃないよ。俺がお前の事を殺したいほど憎んでいたのは……お前のせいじゃない」
どうやらガイもイオンからカースロットについての説明は受けていたらしい。
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