A requiem to give to you- 潮のせせらぎと友愛の歌(5/8) -
シンクの集中力を切らした事でカースロットの洗脳からガイを解放したものの、そのまま意識を失って倒れてしまった彼をルークが背負い、兵士に促されるまま歩いていたが、せめてどこかで休ませてあげられないものかと考えていると、兵士たちの驚きの声が聞こえてきた。
「フリングス少将!?」
その声に兵士たちの方を向くと、そこには銀髪の若い男が立っていた。自分達を連れて行こうとする兵士らとは違う青い軍服はどことなくジェイドとも近く、その腰にはレイピアを携えている。
フリングスと呼ばれた軍人は人当たりが良く優しげな、しかし決して隙を見せない佇まいで兵士に口を開いた。
「ご苦労だった。彼らはこちらで引き取るが、問題ないかな?」
「「はっ!」」
兵士たちはフリングスの言葉に一礼すると、あっさりと立ち去っていった。
それからフリングスがこちらを振り向くと、ルークは緊張した面持ちで息を呑む。それにフリングスは金色の目を細めて穏やかに笑った。
「そんなに警戒されなくても大丈夫ですよ。あなた方の事はジェイド大佐から聞いています」
「そう、なんですか?」
ルークがホッとしたように息を吐きながら聞くと、フリングスも「はい」と頷いた。
「あなた方をテオルの森の外へ迎えに行って欲しいと頼まれていました。その前に森へ入られたようですが」
「す、すみません。マルクトの方が殺されていたものですから、このままでは危険だと思って……」
苦笑するフリングスにティアも申し訳なさそうに頭を下げると、彼は首を横に振った。
「寧ろお礼を言うのはこちらの方です。ただ、騒ぎになってしまいましたので、皇帝陛下に謁見するまで、皆さんは捕虜扱いとさせて頂きます」
「そんなのは良いよ! それよかガイが……仲間が倒れちまって」
「彼は相手の術にかかっています。それも抵抗出来ない程深く冒されたようです」
叫ぶようにして言うルークに続いてイオンも前に出て事情を説明する。
「僕が解呪出来ますので、どこか安静に出来る場所を貸しては頂けないでしょうか?」
「導師が?」
ヒースが目を瞬いて彼を見ると、グレイも肩を竦めた。
「寧ろこの場にいる連中で解呪出来るとしたら、導師しかいねーだろうな」
その言葉にルーク達は意味がわからなそうにしていたが、詳しくはわからないなりにも何かを察したのかレジウィーダだけは「あぁ、ね」とどこか納得したように頷いていた。
「ルーク」
イオンが少し言い辛そうにルークを呼ぶ。
「いずれわかる事ですから、今お話しておきます」
フリングスが呼んだらしい担架にガイを乗せたルークがイオンを向くと、彼は意を結したように口を開いた。
「カースロットと言うのは、決して意のままに相手を操れる術ではないんです」
「どう言う事だ?」
「あれは記憶を掘り起こし、理性を麻痺させる術。つまりガイは、元々あなたへの強い殺意がなければ、攻撃するような真似は出来ないんです」
「そ、そんな……」
思いもしなかった事実に、ルークだけでなくヒースやタリス、付き合いの長いナタリアでさえも驚愕の表情を隠せなかった。
「まさか、ガイが……?」
「ま、その事については後で本人から聞くしかねーだろ」
グレイの言葉にイオンも頷くと、再度ルークを向く。
「そう言う事ですので、解呪が済むまではガイに近寄ってはいけません」
「………………」
あまりのショックに動けないのだろう。話は聞こえているものの、頷くことすら出来ずにいるルークに誰もがかける言葉を失っていた。
そんな中、フリングスが静かに声をかけた。
「ルーク殿。宜しければ、城下をご覧になってはいかがですか? 街の外へは出られませんが、気を落ち着けるにはその方が───」
「ごめん、ちょっと一人にしてくれ」
そう言うが、ルークは仲間達の静止の声を振り切って走り出してしまった。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
担架で運ばれていくガイと共に宿へと向かったイオンとその護衛としてついて行ったアニス、それからグレイを見送って暫く、タリスは一先ずルークを待つ間、城下を見てくると言ったナタリア達と別れて一人街の噴水の淵に腰掛けながら溜め息をついた。
「ルーク、大丈夫かしら?」
最も信頼していた師に裏切られただけでなく、ずっと側にいてくれた友達でさえも己を恨んでいたと知って、傷付かないわけがない。
本当はルークの使用人として、彼を追わなければならないのはわかっている。
(ガイは本当にルークを憎んでいたの? それも殺したいほど……)
話を聞いてきた限り、彼だってルークに出会った当初はかなり幼かった筈だ。それなのに、それ程の殺意をずっと持っていたと言うのか。
そう考えた時に頭をよぎったのは、自分自身と宙の事だった。
(私も昔はあの子を妬んだり、嫌ったりした事はあった……でも、殺したいだなんて思った事はない)
これはあくまでも子供ながらの小さな嫉妬心でしかないから、殺意なんてものにまで発展することは幼い子供であった頃にはほぼなかった事だろう。
───しかし、宙の兄が死んだ時はどうだっただろうか?
あの時、己は宙に対して酷い言葉を浴びせた記憶はあるが、その時心を占めていた感情とは……それは果たして悲しみと怒りだけだっただろうか?
そう思うと、直ぐにルークを追う為の足は動いてはくれなかった。
「お嬢ー」
不意にそう、自分を呼ぶ声が聞こえた。己をこのように呼ぶ人は、仲間内では一人しかいなかった。
「レジウィーダ」
今まさに考えていた人物は、いつも通りの元気な笑顔で両手に持っていた飲み物の片方をこちらに差し出していた。
.