A requiem to give to you
- 雪女の囁きと切られた糸(6/7) -



しかし直ぐにそれを引っ込めると、グレイは真剣な表情でこちらを向いた。



「オレは確かに面倒臭い事は嫌いだし、知らない奴の事まで救いたいだとか、そんな正義感はねェ」



でもな



「一度手元に置いたモンは手放したくないンだよ。だから、アイツに手を差し伸べた時点でアイツもオレにとっちゃ大切なモノだ。絶対に死なせねェ」

「………………」



そう言われてしまえば、確かに彼はそんな節はあったと納得出来た。グレイにとって涙子や聖がとても大切であるように、フィリアムを義弟とまで称して手元に置こうとすると言うことは、そう言う事なのだろう。

一度受け入れた縁は何が何でも守ろうとするそれは、やり方はともかくとして……きっと、彼の中では昔からずっと変わらない事なのだろう。

だからこそ、”あの時”の言葉が鮮明に頭に過ぎる。



『お前のそれ、スッゲェ気持ち悪い』



レジウィーダの中にある彼の記憶の中で一番古く残っている言葉。その時の彼の表情や、言われた後どうなったのかなどは思い出せないが、何故かこの言葉だけはずっと残っている。

───そう、記憶のない中で引っ掛かっている事はまさにそれで。

記憶に残る中で一番古い彼の表情は、絶望した泣き顔。こちらに向けていたソレは間違いなく自分が引き起こしたモノだろう。

何をしたのかはわからない。だけどあの彼が余程の衝撃を受けるほどのことを己がしたと言うのもまた驚きで、初めて会ってからその時までの間に一体何があったのか。それが引っ掛かって仕方がないのだ。

でも、



(それを考えるだけ、無駄なのかもね)



だって彼には大切なモノがたくさんある。涙子や聖。それにフィリアムや、この世界で関わった人達。

……これ以上、増やしたって仕方がないじゃないか。



「───オイ、聞いてンのかよ」



急に黙り込んだレジウィーダを訝しく思ったらしくグレイが声をかけてくるのに気が付き、ハッとなって彼を見た。

グレイは「聞いてなかったな」と呆れながらもこう言った。



「だから、お前もだって言ってンだよ。レジウィーダ」

「…………………え?」



急に己の名を呼ばれ、レジウィーダは驚いたように彼を見た。



「何驚いてやがる。当たり前だろうが」

「え、えぇ………?」



今までそんな素振りなかったじゃん、と言いたかったが、それは言葉にはならないほどレジウィーダは混乱していた。



「言っただろ。一度手元に置いたモノは手離さねェって。確かにお前の事で覚えていない事も多いけどよ。それでも、アイツらも含めてお前と過ごしてきた日々は楽しかったって、思ってる。……だから、その気持ちには嘘はつきたくねーンだよ」

「な、にそれ」



嬉しくない、と言えば嘘になる。彼の中で自分も涙子達と同じように大切に思われていたと知って、嫌になるわけがない。

だけど、



「本当、優しいんだね」



はは、と思わず笑いが出る。そう、笑いが出る程……













苦しい。



「前にあたしが言った事。覚えてる?」

「? どれだよ?」

「一年半前にダアトを旅立つ時のやつ。言ったでしょ。






















優しさを向ける相手が違うよ、って」



(あたしだって、皆が大切だ。この世界を救いたい気持ちも、フィリアムを助けたい気持ちも本当だ。涙子がいて、聖がいて、そして………コイツがいる空間が、大好きだ)



その時間は何物にも変え難いくらい、レジウィーダの中でも大切なモノだ。それは目の前の男もそうだが、他の二人もそう思ってくれていることはよくわかっている。

ずっと、この時間が続けばいいと思ったこともある。だけど時間は動き続けている。

いつまでも仲良しこよしだなんて、出来ないのだ。



「手元に置きたいって言うんなら、ちゃんと考えなくちゃ」



だって、彼は涙子の恋人だ。この関係が続くのなら、ゆくゆくは二人が結ばれることだってあるのかも知れない。

それなのに、自分がいてはきっと邪魔になる。



(それに、あの人の夢を叶えるのなら、余計にこの時間を続けるわけにはいかないしね)



「……と、言うわけだ。折角こっ恥ずかしい事を色々と暴露してくれたところ悪いけど、あたしはいらないから」

「あ? どう言うい」

「それはタリス達が帰ってきたら存分に伝えてあげて」



彼に有無を言わせないように言葉を被せてそう言うと、案の定グレイは納得の出来ない顔をして更に反論しようとしたが、それは許さない。



「なんか熱が上がってきたっぽいから、今日は帰ってくれない?」

「待てよ、まだ」

「帰れ」



聞きたくはないよ、と気持ちを込めて近くにあった物を確認せずに彼に投げつける。それから布団を被り顔を向けないようにベッドに横になると、やがて背後から大きなため息が聞こえ、ドアの音と共にその気配は無くなった。



「………………最悪だ」



きっと、彼なりに心配をしてくれていたのだろう。しかしそれを受け取る気にはなれず、不遜な態度で追い返してしまった。

いつもならしないそれにレジウィーダ自身も正直驚いていたが、きっとそれは熱のせいだろうと、諦めることにした。



(ホント、変な感じだ)



「はぁ…………………寝よ」



目を瞑り、これ以上余計な事を考えないように枕を手繰り寄せて抱える。



(明日になれば、熱も下がる筈)



そしたら、またいつもの自分に戻れる。

そう信じなら、レジウィーダは思考をシャットダウンさせた。











Chapter47 ・・・>> Chapter48
⇒オマケ
/
<< Back
- ナノ -