A requiem to give to you
- 雪女の囁きと切られた糸(5/7) -



「フィリアムはあたしのレプリカだけど嫌いじゃないし、寧ろ本当の姉弟が出来たみたいで嬉しかった。それは本当だよ」



でも、



「あの子があたしの記憶の一部を持っているって言うのなら、それは絶対に取り返さないといけない」

「約束って、やつか?」

「そうだね」



間髪入れずにそう答えると同時に頭の片隅で「それだけじゃないけど」と言葉にせずに返す。



「ちゃんと言ったことはなかったけど、あたしは一部の記憶がない」



アンタもわかってるだろ、と逆に問えばグレイは無言で肯定を示す。



「あの子を苦しめている原因がソレなんだとするなら、やっぱり取り除いてあげたいんだ」

(それにもしも、フィリアムがあの人の夢についての記憶も持っているとしたら、それはあの子には負担過ぎる。それにこの役目は………あたしのモノだから、こればかりはあの子にも譲れない)



レジウィーダがそう思考を逡巡させていると、それを黙って見ていたグレイがどことなく苦しげな表情で口を開いた。



「それは……絶対に取り戻すべきだと思うか?」

「? 何でそんなことを聞くんだ?」



質問の意図が読めずに聞き返すが、グレイはそれには答えない。回りくどい事が嫌いな彼らしくなく、思わず体を起こして彼を見るとグレイは視線を逸らし足元を見つめながら言った。



「一番手っ取り早く戻す方法は、ある」

「その言い方的にあんまり良い方法じゃなさそうだね。……一応、聞いても良い?」

「簡単な話だ。フィリアムがお前にしようとした事をすれば良い」

「………………」



それは、単純かつ明快な解答だった。

フィリアムがレジウィーダにしようとした事。それがわからない程、レジウィーダ自身も鈍くはない。

暫しの沈黙を得て、レジウィーダは口を開いた。



「それってつまり、あたしがあの子を殺すって事だよな?」

「別にお前自身が手を下さなくても、お前とフィリアムが近くにいた状態でオレが殺っても大丈夫だとは思う」



何せお前の記憶を奪ったのはオレだからな、と続けた言葉に流石にそこまでは思ってはいなかったレジウィーダは目を見開いた。



「え、何で?」

「知らね」



あっけらかんと返ってきた応えにレジウィーダは思わず入っていた肩の力が抜けるのを感じた。



「はあ? 知らねって何? アンタがやった事でしょうが」

「お前も、ここまでの話を聞いて何も思わねーのかよ」

「どういう………──────」



再度問おうとしたソレは最後まで言葉にはならず、レジウィーダは漸くある事実に辿り着いたのだった。



「え、もしかしてだけど…………まさかアンタも、ないの?」

「非常に不本意だけどな、そのまさかだ。しかも、お前とまっっったく同じ時系列の記憶がねェっぽいな」



ただ、とついには絶句するレジウィーダを向くとグレイは更に続けた。



「さっきも言ったが、これの原因はオレの能力が原因だ。話を戻すと、フィリアムの中にあるっぽいお前の記憶をアイツを殺さずにどうにかする方法もきっとあるとオレは思ってる」



オレはあいつを殺したくはないからな、と迷いなく答える彼にレジウィーダは少し羨ましい気持ちが過ぎったが、直ぐに気のせいだと思考を振り払うと彼に問うた。



「出来そうなのか?」

「出来ないなんてやる前から言わねェ。何が何でもやるンだよ」

「うわぁ、いつにも増してなんか熱血くんなんだけど」



しかし今の彼は毛布達磨である。何だかとてもシュールだ。

そんな事を思っているとグレイもそれに気がついたらしくいい加減毛布を外すと丁寧に畳んで近くのテーブルに置いていた。

そんな彼に、レジウィーダは常々思っていた疑問を投げかけてみた。



「あのさ。ずっと聞きたかったんだけど」

「何だよ」

「何で、アンタはフィリアムをそんなに気にかけるの?」



確かにレジウィーダのレプリカではあるが、それでも出会った当初は知り合いに似た他人だった筈だ。況してや自分と彼は自他ともに喧嘩仲と称されるほど、記憶にある中でも喧嘩ばかりする間柄だ。

男女差もあって全く同じ顔をしている訳ではないものの、そんな関係の自分とよく似た人物をこんなに気にする理由がレジウィーダにはわからなかった。

彼自身も姉や弟がいるのを知っているが、それでもここまで献身的に気にかけている様は知らないし、そもそも彼は……涙子達の前でさえ家族の話題は出したがらなかったと記憶している。

グレイはレジウィーダの問いに一度考える仕草を取った後、首を横に振った。



「特別な理由なんてねェ……ただ、アイツが言ったンだ。『色んなモノを見たい。世界を知りたい』ってな」

「世界を、知りたい」



とてつもない既視感。それもそうだろう。だってそれは……昔のレジウィーダ自身が思っていた事なのだから。



「あの子が、そう言ったのか?」

「そうだよ。だから、手助けしてやりたいって思った。それに……あのまま何もしなかったら消えそうだったから、放っておけなかった」



そう言ったグレイの表情はどこか憂いを帯びていた。
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