A requiem to give to you
- 雪女の囁きと切られた糸(4/7) -



レジウィーダは手に持っていた日記を栞を挟んで閉じると片手で目を揉んだ。



(りょ、量が多すぎるっぴー……)



熱はあるものの別に眠いわけでもなく、やる事もないのでどうせならと先日ダアトから持ち出した誰かの日記を読んでいた。

しかしこの一冊だけでかなりの年数の内容が書き記されており、飛ばし飛ばし見ていても終わりまでは程遠く、流石に疲れてしまった。

本当ならば、もう一つ一緒に持ってきた資料の方も見たかったのだが、頭もあまり働かない今は無理そうだと諦め、レジウィーダは日記と資料を鞄にしまうと、自鳴琴を取り出した。

別に深い意味はない。ただ何となく、これが奏でる音が恋しくなってしまったのだ。

薇を回し、蓋を開けると可愛らしい音が流れる。その旋律は儚く、だけど優しい音色。

それはとても気分が落ち着くものだけれども、偶に……胸が苦しくなる時もある。



「♪ ──────……」



何となく、音に合わせて口ずさむ。歌詞のないそれは、誰が作ったのかもわからない。何故、そんな物を持っているのかも。

誰か、大切な人からもらった物だとは思う。しかしそれは父でも母でもなければ、幼馴染み達でもないのはわかっていた。

なら、誰なのだろうか。

レジウィーダにとってあの三人と両親を除けば、これ程までに大事に出来るものをくれる人物がまるで浮かばなかった。

強いて言うのなら、三人に出会う前にいた場所で偶に遊んでいた人たちだが……。



(あの子達は……違う)



少なくとも、この自鳴琴を手に入れたのは引っ越して来てからの筈だった。しかしこうまでして思い出せないとなると、恐らくそれも忘れてしまった記憶が関係しているのだとは思う。

だけど、



(今になってこんなに悩まされるなんて……思わなかったなぁ)



正直、初めて記憶がないと知らされても、そこまで自分の事は気にはならなかった。

関係している人についてや、果たされていない約束については知らないといけないと思っていたが、知ろうとすればするほど……思っていた以上に抜けている部分が多く、時に話が噛み合わなくてとても歯痒かった。

その中でも特に引っかかるのは二つ。

一つは己の兄の事。どうやら兄の存在は、自分が思っているよりもかなり深く自分や幼馴染み達と関連が深いらしい。

一体いつから幼馴染み達と知り合っていたのか。そもそも何で今まで別の場所にいたのに、あえて同じ街に自分と母が引っ越してきたのかもわからない。

彼がどんな人で、どう己と関わってきたのか。考えようとすると、それを拒むかのように頭が痛くなる。

そして二つ目は……



「オイ」



突然聞こえてきた声に歌を止め、驚いてそちらを見ると……今まさに頭に浮かんでいた男がいた。

しかし、



「ぶはっ、ア、アンタ………何その格好! 超ウケるんですけど……!」



いつの間に入ってきたのだろうか。仮にも女性の眠る部屋に勝手に入ってきた失礼極まりない幼馴染みの一人は着ぐるみかと言わんばかりに毛布をその身に纏い、膨れ上がったそれはまるで達磨のような格好で佇んでいた。

思わず爆笑するそんなレジウィーダを無視して、グレイは近くにあった暖房用の譜業の出力を上げると、部屋に備え付けてある椅子にドカリと座った。



「ちょっとー、勝手に温度上げるなよ。暑いだろー」

「馬鹿か。こっちは寒いンだよって言うか、熱があるってのに何呑気に歌ってんだテメェは」

「いや、寒いなら帰れよ。てか、何勝手に入ってんだよ」

「ア? こっちはちゃんとノックしてから入ったわ」



テメェが歌に夢中で気付かなかっただけだろうが、と言われてしまえば事実なのでぐうの音も出ない。



「まぁ、そう……だけどさ。それよりも何の用?」



てっきりタリス達と観光に出ているものだと思っていた為、何故彼が一人ここに残っているのかもわからず、レジウィーダは首を傾げる。

そんな問いを受け、グレイは暫く考える素振りを見せた後、



「寒いから外に出たくなかった」



と言った。

それにレジウィーダは呆れた。



「アンタさー……体質的にわかるけど、一応ここってこの世界でもランキング乗るレベルの観光名所だよ?」

「ンなの知ってる」

「じゃあ、せめて一回くらいは観てくれば良いのに。それに折角タリスだっているんだ。あの子、こう言うところ好きなんだから一緒に行ってあげなよ」



勿体無いよー、と言って手をひらひらとさせて追い返そうとするも、グレイは動く気がないようで椅子から立ち上がる素振りも見せない。



「お前は」

「うん?」

「フィリアムの事、どう思ってる?」



突拍子もなく飛んできたそんな質問にレジウィーダは一瞬だけ思考が停止する。しかし直ぐにそれは動き出すと迷いなく答えを述べた。



「あの子は、弟だよ」

「あとは?」

「あとって……他に何かある?」



確かに彼はレジウィーダの情報を元に作られたレプリカだが、別にそれは大したことではない。アッシュのように居場所を奪われたと恨む事もないし、イオンのように彼を使って何かを成そうとも思っていない。

レプリカだと言うことを除けば、本当の弟のようなその存在はレジウィーダにとってはとても愛おしかった………ある事に気がつくまでは。
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