A requiem to give to you
- 遠い記憶が望むコト(9/9) -



あまりの眩しさにフィリアムは片腕で目を隠す。その隙を狙っていたかのようにシルフィナーレは一気に駆け出すとフィリアムの顔面に目掛けて杖を横薙ぎにした。



「っ!?」



間一髪で首を逸らして躱す。先端が僅かに頬を掠め、傷口から血が滲む。

しかしその血を拭う暇も与えず、シルフィナーレは素早く詠唱を始めた。



「煌めきよ、意を示せ───フォトン!」



光の籠がフィリアム周りに発生すると、素早く収束し、そして小さな爆発を起こした。



「ぐ、………うわああっ!」



四肢がバラバラにでもされかねないような強烈な痛みが走り、思わず声を上げて固い床へと倒れた。カラン、と持っていた薙刀が落ち、広い空間に響き渡る。

痛い、なんて言ってられない。早く起き上がって武器を拾わねば、やられる。そんな思いからフィリアムは素早く上体を起こし顔を上げた途端、視界がブレる。



「っ!?」



一瞬、何が起こったのかわからなかった。しかし先程は躱したあの殴打を受けたのだと気付いたのは、再び床に倒れ込んだ時だった。

目を開ければ、未だに視界がグラグラと揺れている。顔を何か液体のような物が伝う感触も相まってとても気持ちが悪い。そんなフィリアムの目の前に静かに立ったシルフィナーレは鈴の鳴るような声で笑った。



「あらあら、もう終わりですか? そんな事ではお仲間が来る前に死んでしまいますよ」

「っ、………ぅ……、だ………からっ」



呻きながらも腕に力を入れて起き上がって距離を取る。頭を振り、なんとか戻ってきた視界でシルフィナーレを見ながら、途切れ途切れに言葉を吐き出した。



「アンタと、戦いたくないって………言ってる…っ」



頬を伝い、顎からポタポタと赤が落ちる。顔を殴られた時に口の中も切ってしまったようで、口内に溜まったソレも吐き出すと、フィリアムはコンタミネーションで薙刀を手繰り寄せてしっかりと握った。



「俺は………、ヴァンにも……六神将にも、フィーナ、さんにも…………平和になった、世界で………生きていてほしい」



だって、同じ預言を頼らない未来を作るのなら、そっちの方がずっと良かったから。



「姉さんの……宙のようにはと言わないけど、あの人のように………皆と一緒に、大切な人達と………この先の未来を歩みたい」



だって、だって……!



「誰もいない未来なんて、嫌だ!」



フィリアムの叫びに、ヴァンは首を振って否定した。



「そんな事はない。レプリカ計画が成功すれば、皆元に戻る。お前の周りにだって、レプリカとして生まれ変わった我らが側にいる事だろう」

「違う。違うよ、ヴァン」



と、フィリアムは嗚咽混じりに返す。赤に混じって透明な雫が更に地面を濡らすのも構わず思いを告げ続けた。



「レプリカは、似てるだけで本人じゃない。俺は、俺が生まれてから一緒に過ごしたアンタ達が良いんだ。俺にとって、アンタ達と過ごした時間は自分で思ったよりも大きかったんだよ………だから、

















皆でダアトに帰ろうよ」



フィリアムの望みは、ただそれだけだった。ヴァンが戻れば、リグレットも、ラルゴも帰ってくるだろう。ヴァンがこれからの未来を生きると言えば、今のアリエッタやシンクもついて来る筈だ。ディストは………わからないが、しかしマルクト皇帝が彼を殺す事はないだろうから、いくらでも説得のしようはある。

死んだらそれで終わりだが、生きていれば何とでもなる。況してや世界は今、上に立つ者たちを中心に預言の信仰から離れつつあるのだから、時間はかかるが………いずれは人々も変わることが出来る筈なのだ。



「………………」



ヴァンも、そしてシルフィナーレも何も言わない。ちっぽけな己の言葉が響いているのかも、わからない。彼らの思いが強く、根深いのは百も承知だが……それでも、届いて欲しいと願った。

───だが、



「そんな夢物語など、所詮は夢に過ぎないわ」



冷たい、そんな声が聞こえたと同時にフィリアムは膝から崩れ落ちた。



「な、に……っ?」



驚きにシルフィナーレから視線を下げると、いくつもの光で出来た槍が己の体を貫いていた。役目を終えたそれは直ぐに霧散して消えたが、フィリアムは迫り上がってくるモノに耐え切れずに血を吐いた。



「ゲホッ……ゲホッ………ぐ、っ」

「フィリアム」



シルフィナーレはこちらを呼ぶと静かな足取りでフィリアムの目の前に屈み、そして耳元で囁いた。



「あなたの望む未来など来ないわ。だって私、言ったじゃない

















全て、無かったことになるって」

「フィーナ、さん………」



フィリアムはどうにも出来ない気持ちでシルフィナーレを見る。しかしそんな視線も気にせずに、シルフィナーレはにっこりと微笑むと、フィリアムの頬に手を当てた。



「フィリアム、貴方の望みは叶いませんが………せめて夢の中では、その素敵な願いの作る世界で幸せに浸ってて下さいね」



シルフィナーレはそう言って、最後にこう呟いた。














「───トロイメライ」



義兄と慕う、その人と同じ力の名を聞いたと同時に………フィリアムの意識は遠退いていった。











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