A requiem to give to you
- 遠い記憶が望むコト(8/9) -



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また別の場所では、フィリアムが一人でセフィロト内部を進んでいた。薙刀を手に持ち、しかし決して警戒は怠らずに視線と気配を探る。道中は何度か魔物と遭遇はしたが、なるべく余計な戦闘をしないようにと隙を見て逃げたり、怯ませるに留めたりしていた。



(皆はもう合流したんだろうか……)



足場が崩れ、仲間と離れ離れになってから随分と時間が経ってしまった。フィリアムは他の仲間達よりも更に下の方へと落ちてしまった為、皆の安否はわからない。あれだけの高さから落ちたにも関わらずに怪我一つなかったのは、能力を使ったからだ。



(姉さんの、この力がなかったら………きっと無事じゃすまなかったんだろうな)



グレイに記憶をレジウィーダへと戻してもらった時、当然ながら能力までは戻らなかった。しかし皮肉にも、この能力が残っていたからこその己の状態に苦笑を禁じ得ない。

記憶と言えば、グレイの能力を持ってしても一番肝心な記憶は戻らなかった。確かにフィリアム自身は宙の失った記憶を持っている。兄の事も、初めてこの世界に来て過ごした事も、そして………陸也との事も。



(でも、戻ったのはこの世界での事だけ…………何で出来なかったんだろう?)



いくら考えても答えは出なかった。しかし、一つだけわかった事がある。それは、最後の記憶についての鍵は………己ではなかった、と言うことだ。

兄、未来の記憶はレジウィーダの持つ自鳴琴が鍵だった。そして今回戻った分は、ケテルブルクに眠っていたレプリカ情報を元に作られたフィリアム。なら、二人の思い出や想いに関する記憶は………?



「…………? 声……?」



遠くの方で、声が聞こえた。フィリアムは思考を止めて武器を持つ手に力を込める。距離がある為、誰の物かは判断がつかない。しかし仲間達ではないのは直ぐにわかった。

ならば、奥にいるのは限られてくるだろう。



(皆を待った方が良いだろうか………でも、)



もし、この奥にいるのが本当にヴァンであるのなら…………どうしても、伝えておきたい事があった。



「…………行くか」



フィリアムは意を決して最奥へと足を進めた。最早気配や足音を消すのも不要だろう。どうせ相手には直ぐにバレる、そう思い一歩ずつ確実に最奥へと歩いていくと、予想通りの人物らがパッセージリングの目の前に佇んでいた。

相手の姿が見えてくるに伴い、向こうの会話も鮮明になる。もうとっくに己の存在に気付いているだろうに、彼らは話を続けていた。



「───ホド住民のレプリカ情報を消したのはお前か?」



低く、静かなバリトンの声が問う。問いの先にいたのはシルフィナーレで、彼女は臆する事なく頷いた。



「はい。私には不要でしたので…………あ、でも全て消去するつもりはなかったんですよ? うっかり操作ミスをしてしまったもので、それについては申し訳なく思いますわ」



どうやら何かを咎められているようだが、シルフィナーレは謝罪の言葉とは裏腹に悪びれる様子はない。それに対してヴァンは怒るでも、呆れるでもなかった。



「───アリア、か」

「………………」



確信を得た言葉にシルフィナーレは黙る。しかし直ぐに小さく息を吐くと首を横に振った。



「あの子のレプリカなど、情報があると言うだけで気持ちが悪い。あの子は………アリアは一人しかいません。例え別人だとわかっていても、同じ姿のあの子なんて………………ただの一度だって見たくはありません」

「そうか。………まぁ、良いだろう」



それよりも、とヴァンは漸くこちらを見た。フィリアムは武器は構えず、しかしいつでも戦闘になっても良いようにと警戒しつつも向こうの言葉を待った。



「お前は、ここに何をしに来た」



ヴァンにとって必要なのはフィリアムでも、ルークでも、ティアでもない。彼の計画には本物のルーク・フォン・ファブレが必要だ。フィリアムがヴァン達から離れる前から常に言っていた事だから、彼が何を求めているのかはわかっていた。

しかし向こうになくても、こちらにはここに来る理由がある。



「俺は………アンタ達を止めに来た」



その言葉にヴァンはフッ、と笑う。



「お前一人でか? 無駄な事だ。お前一人如きに、私を止める事など不可能だ」

「戦いにおいて、アンタに勝てるなんて思わない。俺は別に天才でもないし、アンタみたいに長い間軍に服していた訳でもない。………それでも、俺はこれ以上アンタがそんなボロボロになってまでも世界を作り替えようとしてほしくはないんだ」



ルーク達と旅をし始めて、彼らやヴァンの実妹であるティアの思いを知った。時には親のようで、家族のような剣の師として慕っていたルーク。大切な家族とこの広い世界で一緒にいたいと望んでいたティア。幼い頃から良き友人として、一時は同じ志でいたガイ。

彼らは本当に、心の底からヴァンを大切にしていたのだろう。そんな彼らの気持ちは少しだけ理解が出来た。ヴァン自身が持っていた思惑はあれど、フィリアムにとって彼は生きる為の舞台を用意してくれた存在でもあるから。───だからこそ、フィリアムもまた動こうと思ったのだ。

フィリアムは次いでシルフィナーレを見た。



「フィーナさんもだ。俺も姉さんもアンタと争う事は望んでない」

「貴方達が望まなくても、私には貴方達と戦う理由があります」



シルフィナーレは真剣な眼差しでフィリアムを見つめ返した。彼女はその場から動く気配のないヴァンの前に立つと、手に持っていた杖を構えた。先端が白く、大きな角のような形をしたソレは急速に第六音素を纏うと、眩い光を放った。
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