A requiem to give to you
- 遠い記憶が望むコト(6/9) -



しかし、だ。



「でも、そろそろ時間もなくなってきたわけだし………どうする?」

「どうするって?」



質問の意図が読めない様子のグレイが聞き返してくる。タリスは彼から背を向け、再び足を進ませながら口を開いた。



「あなた達の失った記憶の残り」

「、それは………」



グレイは言い淀む。別に困らせるつもりはない。しかしこのまま先へと進んで、本当にこの世界での役割が終われば元の世界へと帰る事になるだろう。

恐らく、記憶に関するヒントはトゥナロとフィリアムにあるのはタリスもわかっていた。彼らはこちらにはついては来ないだろう。だからこそこのまま何もしなければ、もう二度と二人の記憶が元に戻る事はなくなる。

記憶を戻すか戻さないか。こればかりはタリスの意志ではどうにもならない。当事者である二人と、ヒントを持つ残りの二人がどうしたいかだろう。

今だって、二人の記憶が戻るのは怖いと思っている。しかし以前とは違い、タリス自身にはある程度の覚悟は出来ていた。だからこそ、後は二人がどうしたいか、だ。



「実は、」



と、グレイは言い辛そうに口を開いた。



「フィリアムに頼まれて………もう既に、戻せないか試した」



けど、戻せなかった。その言葉にタリスはえ、と呆然と小さく言葉を漏らした。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「♪鏡なんだ、僕ら互いに

  それぞれのカルマを 映す為の

 汚れた手と手で 触り合って

  形がわかる───」



薄暗い雰囲気など吹き飛ばすような、そんな変わらぬ明るさで歌う。いつもだったら「もっと緊張感を持て」だなんて言われそうだが、今は己を咎める存在は皆離れてしまった。

レジウィーダは機嫌良く歌いながら先へと進み、そんな彼女の後ろからは辺りの警戒を怠らないジェイドが付いて来ていた。



「ところで、その歌は何ですか?」



暫くは静かに歌を聴いていたジェイドだったが、ついに気になっていた疑問を投げかけてきた。



「この歌? これはねー、あたしのいた世界で有名なアーティストが歌ってた曲だよ!」

「そうでしたか。いつも口ずさんでいるのとは通りで違うわけですね」

「まぁね。でも、この曲も好きなんだよねー」



だからついつい歌っちゃう。そう言って笑うとジェイドも小さく笑って返していた。



「この曲、と言うよりも、貴女の場合は歌うこと自体が好きじゃないですか」

「そうとも言うな!」

「本当に…………そう言うところは変わりませんね」



その言葉にレジウィーダは足を止めた。それに合わせて後ろの存在も止まる気配を感じながらも、ジェイドを振り返った。



「あたしからしてみれば、



















君も大概変わらないよ、ジェイド君」



そう返すとジェイドは疑問符を浮かべながら首を傾げた。そんな彼に更に続ける。



「君の周りはいつだって誰かが側にいて賑やかだ。泣き言漏らしてたり、調子付いていたり、心配性だったり………。だけど、嫌いじゃないでしょう?」



それにジェイドはすかしたような表情で肩を竦めた。



「どうでしょうねぇ。あまりにも煩いのはちょっと……」

「そんな事ない」



と、レジウィーダは首を振って彼の言葉を遮って否定する。



「あたしが言えたことじゃないけど、ジェイド君って不器用だよね。素直じゃないって言うか、さ。本当は両手一杯に大切なモノがあるのに、ちゃんと向き合えなくて………だから取り零す」



ネビリムも、そしてサフィールも。昔、もしもジェイド自身が皆と向き合うことが出来ていたのなら、もしかしたら今もまだ彼の隣にいたのかも知れない。ピオニーの部下としてグランコクマで働いているのも、皇帝が望んで彼を留めたからに過ぎない。



「ピオニー陛下には感謝だよね。きっと、あの人が君を引き止めてくれていなかったら、再会する事も、こうして皆で一緒に旅をすることもなかっただろうし…………それに、向き合うチャンスもなかったのかも知れない」

「再会、ね」



ジェイドは眼鏡のブリッジを押し上げる。その表情は読めない。しかし確実に、何かが彼の心を揺さぶっているのを感じた。それからジェイドは大きく、そしてゆっくりと息を吐くと苦笑した。



「……とっっっても遺憾ですが、こればかりはあのアホ皇帝の行動を認めざるを得ませんね」

「あはは、………だね!」



レジウィーダは嬉しそうに笑って頷いた。そんな己にジェイドはいつもの調子に戻ると「それで」と口を開いた。



「いつ、記憶が戻ったんですか?」



流石はジェイドだ。今のこの会話だけで察するのが早い。しかしその問いはしっかりと予想出来ていたので、レジウィーダは焦ることもなく答えた。



「今朝だよ」

「また、随分と急ですね」

「それはあたしも思う。だけど、何もなく思い出したわけじゃないから」



そう。今朝、まだ殆どの人が夢の中にいるような早朝にグレイと一緒にフィリアムから呼び出されたのが始まりだった。

まだ目も覚め切っていないグレイも飛び起きるレベルで驚かされたフィリアムの発言。それが「自分の中にある宙としての記憶を姉に戻してほしい」と言ったものだった。
/
<< Back
- ナノ -