A requiem to give to you
- 遠い記憶が望むコト(5/9) -



『え、と…………




















君達は、だれ?』

『──────』



一瞬、何を言われたのかわからなかった。思わず陸也を見た。彼は顔を顰めていた。



『な、に………冗談言ってやがる………』

『あの、………ごめん。本当に、わからないや。君達って、”あたし”の知り合いだったりしたのかな?』



余所余所しい言葉。本気で知らないと言いたげな表情。今までの彼女との思い出が全てなかった事にされたようで、背筋が寒くなった。

嘘だと、思いたかった。しかし己よりもずっと、そんな彼女の言葉で傷付いていた人がいた。



『っ、……………クソッ!』

『陸也!?』



目の前の存在に起きている事実に耐え切れなかったのか、陸也は病室を走って出て行ってしまった。彼を一人にしてはいけない、そんな思いから涙子も彼の後を追った。

足の速い彼を追うのは大変で、あっと言う間に見失ってしまった。けれど、彼の行き先はわかっていた。きっと彼は、中央公園いるだろう。そう思って公園まで行くと、街のシンボルである大きな樹の前に陸也はいた。

辺りの木々から散る、鮮やかな桜の花弁が風に乗って舞っている。いつもだったらその光景に感動する所だが、今は何だかそれが目の前の大きな樹が泣いているようにも見えてしまった。



『陸也……?』



こちらに背を向けて座り込む陸也に声をかける。しかし彼はこちらを振り向かなかった。

よく見れば彼の肩は震えていた。耳をすませば小さな嗚咽も聞こえてくる。自分よりも頭一つ以上背の高い筈の彼が、何だかとても小さく見えた。………まるで、このまま消えてしまいそうで、とても不安になった。



『ねぇ、陸也ってば………何か言ってよ!』



叫ぶようにそう言いながら、彼の肩を掴んで無理やり振り向かせる。こちらを向いた彼は涙に濡れた顔に驚きの色を浮かべていた。



『涙子……?』



あまりにも痛々しいそれに胸が締め付けられそうになった。けれど、涙子は気圧されないようにしながら言葉を吐き出した。



『ちょっと言われたくらいで、落ち込んでるんじゃないわよ! まだちゃんと話だって聞いてないのだし、もしかしたらショックで一時的に記憶が飛んでるだけの可能性だってあるわ。だから………』

『涙子』



と、陸也は己を呼んだ。そのあまりの普段通りの声に驚きで口を閉ざしてしまった。



『よく、わかンねーけど落ち着けよ』

『え…………?』

『えっと、確か”日谷”が怪我をした……ンだっけか? 無事、だったンだろ。なら、いずれは退院してちゃんと戻ってくるし大丈夫だろ』



何を、言っているのだろうか。

確かに彼は悲しみに暮れていたのだろうと言う事は、その目に浮かぶ涙を見ればわかる。しかし、その表情や態度はあまりにも………何よりも宙を想っていた人のそれではなかった。



『陸也………』

『? どうした?』

『あなたは………宙の事、どう思ってる?』



本人からはっきりとは聞いた事はなかったが、以前の彼が宙をどう思っていたかは、涙子もそしてここにはいない聖もよくわかっていた。どうかその意思が変わっていない事を願って問いかけてみたが、その希望は簡単に崩れ去ってしまったのだ。



『日谷は…………幼馴染みだろ?』



その瞬間、彼の目に浮かんでいた涙が頬を伝って溢れた。彼の態度とあまりにも乖離した体の反応に、陸也自身も頬に手を当てて首を傾げた。



『あれ…………つーかなんで、オレ………涙なんか流してンだ?』



拭っても拭っても、その雫は止まらない。彼は本気で理由がわかってはいないようだった。

体は確かに悲しんでいるのだ。なのに、彼の中の心は空っぽ。



(ねぇ、陸也)



と、心の中で彼を呼ぶ。



(一体、あなたはどこに…………その想いを落としてきてしまったのよ)



涙子はどうしようもない気持ちを抑えながら、陸也と同じ高さになるようにしゃがみ込む。もうこれ以上、そんな彼の姿を見ていたくなくて………───気が付けば、手を伸ばしていた。



『………涙子?』



強く強く、今の己に出来る限りの力で彼を抱き締めた。一瞬ビクリと肩を揺らすも、決して振り払う事もなく、戸惑ったように陸也は涙子を呼んだ。そんな彼に涙子は言った。



『私が………私があなたの”逃げ道”になってあげるから!』



だから泣かないで



『あなたが逃げたいと思う限り、私は側にいるから。………だからこれ以上、傷付かないで』

『…………………』



黙り込む彼の背を、あやすようにポンポンと叩く。普段だったら絶対に抵抗してくるであろうに、彼はされるがままだった。

暫くそのままだった陸也は、やがて小さく言葉を紡いだ。



『逃げ、道……か。お前が作ってくれるなら、…………安心だな』



ありがとう、と言った彼の表情はわからなかったが、優しく抱き締め返してくれた腕に涙子は罪悪感と同時に、そして確かな愛おしさを感じていた。



──
───
────



タリスは言いながら、ふと数年前の事を思い出していた。しかしグレイの言葉に意識を戻すと脳裏の記憶を振り払った。



「あー………やっぱり思い出せねーわ。て、事はこれもまたあいつとの記憶の関連って事だよな」

「多分ねぇ。……あ、記憶についてだけど、あれから何かまた思い出したとかはある?」



自鳴琴を通じて未来に関する記憶が戻って以降、その辺りに進展はあったのだろうか。そう思って聞くと、グレイは少し考えた後で微妙な顔をした。



「オレ、と言うよりは………レジウィーダの方には少し変化はあったな」

「そうなの?」



一体いつの間にやら。しかし彼女自身は今までと特に態度が変わったりする様子がないところを見るに、恐らくは確信に触れるような記憶ではないのだろう。
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