A requiem to give to you
- 遠い記憶が望むコト(4/9) -



「そう、だっけか?」



少し戸惑ったような反応に、予想通りだと思った。



「まぁ、レジウィーダに関する事だし、仮にそれがなくてもあの時のあなたはそれどころではなかったと思うけれどね」



だって、あの人に初めて会ったのは………宙が大怪我をして運び込まれた病院でだったから。



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『陸也!』



家で皆を待っている間、突如涙子の携帯に陸也から連絡があった。一体何があったのか、電話の先では嗚咽と戸惑いと……様々な感情がぐちゃぐちゃになり話すのもやっとなそんな彼の「病院に来てくれ」の言葉を聞き、タクシーを拾って慌てて駆け付けた。

病院で陸也の名前を告げると案内されたのは集中治療室の前で、そこには己を呼び出した陸也と宙の母親である遥香がいた。てっきり陸也が怪我でもしたのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。何があったのかを問うが、陸也は答えなかった。

仕方なしに遥香の方を見ると、彼女は戸惑ったように口を開いた。



『細かい事はよくわからないのだけど、宙が怪我をしたみたい。陸也君が直接ここまで連れてきてくれたみたいだけど、ずっとこんな調子でね。何とか娘の名前を聞いて病院の人から連絡をもらって来たのよ』

『そう、だったんですね』



今日は宙の誕生日だ。ささやかながら彼女の誕生日パーティを涙子の家で行う予定で、聖と手分けをして準備をしている所だった。そんな聖は買い足したい物があるとかでその時は外にいた。陸也は陸也で宙に用事があるとかで、中央公園で彼女と待ち合わせをして後から二人で来るはずだったのだが、恐らく待ち合わせの最中、もしくは合流後に何かあったのだろう。

涙子はソファに座り俯いている陸也の前にしゃがみ顔を覗き込んだ。普段は強気だが、意外にも涙脆いところがある彼の頬には涙の跡が残っていて、鼻もまだ赤みを残している。そんな彼を笑ったりすることはせず、涙子は優しく声を掛けた。



『陸也、あなたの方は怪我とかはない?』



そう問えば、陸也の目線がこちらを向いた。決して急かす事なく彼を見ていると、陸也はやがて静かに首を振り、ポツリと声を出し始めた。



『オレは………大丈夫。………でも、宙が……っ』



そう言って彼は震える手で己の服を握り締める。よく見れば、彼の服には本来ならないはずの赤が滲んでいた。しかし彼自身も言う通り、陸也が怪我をしている様子はない。と、言うことはこれは……宙から出た物なのだろう。



『事故……とか?』



その問いに彼はわからない、と返した。



『公園で、あいつを待ってたんだ。それで、あいつが来たんだけど………その時にはもう、あいつは血塗れだった』

『『……………』』



思わず遥香と目を見合わせる。つまりは、宙は陸也と合流する前に何かがあったと言う事なのだろう。しかしこれでは確かに陸也には説明がしようもない。事実を知るのは宙だけだから。

そんな事を思っているとポン、と電子音が鳴り響いた。それにその場にいた全員が顔を上げると、治療室のドアが開いた。



『無事に治療が終わったよ。怪我は酷いけど、命に別状はなさそうだ』

『………宙!!』



医師の言葉に真っ先に動いたのは遥香だった。自分の娘なのだから、当然だろう。医師が運んできたベッドに眠る宙を確認した遥香は驚いたような顔をしていた。



『これは一体………』



そんな彼女を不思議に思いながらも涙子も陸也と一緒にベッドを覗き込む。………そして驚愕した。



『え…………?』



穏やかな寝息を立てて眠る宙の髪がくすんだ赤……いや、紅色に変わっていたのだ。戸惑ったように反対側から宙を見ていた陸也に目を向けると、彼はそれに対して驚いた様子はなく、ただただ彼女の無事に安堵していた。

そんな中、医師は被っていた帽子とマスクを取りながら三人に向けて口を開いた。



『さて、こんなところにいても疲れちゃうだろうから、続きは病室でね』



黒い髪に優しげな黒い目。その顔立ちにどこか見覚えを感じつつも、医師の言葉に頷く。医師は内線で看護師を呼ぶと宙の眠るベッドを預けてどこかへと去って行った。

それから宙は病室へと移動し、準備が出来るまでの間は陸也と二人で病室前の廊下で待っていた。遥香は戻ってきた医師と共に先に中へと入っている。恐らく怪我の状態とか、入院の話でもしているのだろう。



『宙、大丈夫よね……?』

『………あの医者が言ってただろ。命には別状はないって』



安心からか少し調子を取り戻した陸也がそう返した。その声はいつもよりも掠れていたが、それでもそんな彼の様子に涙子も密かに安堵していた。



『そうね。……とにかく、あの子が起きたら何があったのか聞かなくちゃねぇ』

『当たり前だ。───…………ら、………って、言……………のに………』

『え、何?』



後半は上手く聞き取れずに問い掛けると、陸也は「何でもない」と首を振った。それに何だかモヤモヤしていると、病室の扉が開いた。



『二人とも、お待たせして悪かったね』



出てきたのは医師だった。部屋の奥では遥香がベッドの側で座っているのが見えた。



『色々と話している内に宙も起きたよ。ただ、まだ色々と混乱するだろうから………慌てないでね』



そう告げると医師はカルテを手に去って行った。入れ替わるように陸也が病室に飛び込むのを追いかけるように涙子もついて行く。

ベッドの上では目を覚ました宙が腰掛けていた。肩くらいまで伸びている髪はやはり今までとは違う色で違和感がある。そんな事を思っていると、宙もこちらに気付き目を丸くしている。薬が効いているのか、痛がっている様子はなさそうで安心する。



『宙! お前、大丈夫なのかよ!?』

『………………』



陸也の問いに彼女は何も言わない。それを不思議に思いながらも、涙子も口を開いた。



『そんな大怪我なんてしちゃって、一体何があったの?』



驚いたんだから、あまり心配をかけさせないでよねぇ。苦笑混じりにそう言うと、宙は戸惑ったように涙子と陸也を交互に見やる。流石に様子が変だと思い、陸也と二人で首を傾げていると、宙は漸く目覚めてから初めてこちらに対して口を開いた。
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