A requiem to give to you
- 不透明は鮮明に(5/6) -



『やはりアレは目覚めてしまったのか……』



白銀の大地に良く似合う、冷たい肌色に黒い髪の女性……の形をした存在は溜め息混じりに空を仰いだ。そんな彼女を報告がてらに呼び出したヒースは静かに頷く。



「気が付いた時にはやられてた。止められずにすまない」

『何故謝る。お前のせいではない。元より人の欲で生まれた存在だ。いずれは同じ人の手で目覚めるだろう事は想定の内だった』



だが、と女性───セルシウスはこちらを向くと、色のない表情に僅かな心配の色を乗せて続けた。



『前にも言ったが、アレは音素を喰らう。我らの祝福を受け、且つ召喚出来る今のお前は格好の餌食とも言える』

「だろうね。まぁ、幸いな事に僕のこの能力は環境に左右されるから、誰かの手を借りないと基本的には召喚すら出来ないんだけどな」



そもそもヒース自身に音素がない。あったのならば邂逅したあの時に気付かれていてもおかしくなかった筈だ。ならば簡単な話、ネビリムの前で能力を使わなければ良い。



「問題があるとすれば、能力を頼れずにどこまで相手と戦えるかってところだけど…………まぁ、使う事になるとすれば、その時は最終手段だよね」

『………無理はするなよ』



最後にそう言い残すと、セルシウスは雪景色に溶けるようにして消えていった。そんな彼女を見送っていると、「おーい」とこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。

振り返ると街を見に行ったガイ、ナタリア、アニスがこちらに向かって歩いてきていた。



「三人とも、一緒にいたんだね」

「わたくしとアニスは一緒に買い物をしていましたが、ガイとはつい先程合流しましたの」



ヒースの言葉にナタリアがそう返し、それに後の二人も頷く。



「そうそう。イオン様が動けなくなっちゃったから、せめて何か体に良い物を作ってあげようと思って色々と買ってたんだよね」

「俺も明日に備えて武器とかの調整を、な。……それで、ヒースは何をしていたんだ?」



ガイに問われ、特にもう隠すこともないので素直にセルシウスに会っていたことを話した。



「セルシウス。第四音素集合体であるウンディーネの眷属、ですわね」

「正直、あたし達にはあんまり馴染みがない存在だよね。こうしてヒースに言われなかったら一生気付かなかったと思うよ」

「そう言うものなのか?」

「まぁ、余程音素について研究しているってわけじゃないからな。譜術を扱わない奴らに至っては存在すら知らないだろうよ」



実際に俺は知らなかったし、とガイは苦笑する。それから直ぐに思い出したようにこう問いかけてきた。



「ヒース達の世界ではどうなんだ? それこそウンディーネとか、シルフとかみたいのはいるのか?」



その問いにヒースはそうだなぁ、と顎に手を当てる。



「正直な話、架空の存在だよ。物語上には精霊、と言う形でよく登場するんだ」



だから見たこともなければ、あんな風に話すことなんてした事はない───だが、



「けど、そう言った物語や言い伝えは大体どれも同じように形容されているところを見るに、もしかしたら大昔には本当に見たり話したりって言うのが出来ていたのかも知れないけどね」



いや、



「もしかしたら気付いていないだけで、人の日常に溶け込んでいたり、或いは別の形で存在していたりして………ね」

『…………………』



三人は突然黙り込む。それに気付いたヒースは首を傾げて三人を呼ぶと、ハッとして戸惑ったように声を上げた。



「あ、いや………なんて言うか」

「ヒースって、そんな風に笑う事も出来るんだなぁって思って」



ガイとアニスの言葉にますます訳がわからないと首を傾げる。すると今度はナタリアが言った。



「まるで、何かを懐かしむような………そんな優しい顔をしていましたわ」

「………そう? 自分じゃ全然実感が湧かなくてわからないや。でも、懐かしい………か」



ヒースはそう呟くと、ふと脳裏に浮かんだ情景にフッと笑った。



「意外と嘘ではないのかも知れないな」



初めてセルシウスを見た時、初めて会った気がしなかったから。別に恋心とかではない。だけど、そう思えるほどに印象深い人……のような存在に会ったことがあるのだ。



(召喚だとか、音素意識集合体との意思疎通の力ってのも、案外偶然ではなかったりしてな)



確証はないけど、と心の中で突っ込みつつ、ヒースはもう一度セルシウスが消えていった雪景色に視線を送った。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「あのさ」



フィリアムは己の前を歩く存在に声をかけた。



「何だ?」



フィリアムの前にいたトゥナロは短い足をピタリと止めてこちらを振り返る。何度見てもその異様さは慣れないが、今は関係ないので置いておく事にし、フィリアムは話を切り出した。
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