A requiem to give to you
- 不透明は鮮明に(3/6) -



「なんだよ?」

「うん、あのさ──────この曲に、兄が作ったこの小さな世界に…………色をつけたいんだ」



そう言うとグレイは目を丸くした。色、と小さく問い返す彼にもう一度頷くと、レジウィーダは己の考えを話し始めた。



「お兄ちゃんの夢を、叶えたいんだ。あたしは歌う事は好きだけど、音楽を作る事は出来ない。けど、何かをしたくてさ。それで考えたのが………あの人が作った曲に歌詞をつけてみたいなって、思ったんだ」



曲と言う世界があって、そこに歌詞と言う名の命を吹き込んで、そして………歌として形にする。そうする事で、今あるこの曲を更に素敵な物へと仕上げたかった。



「あの人はいないけど、一応この曲はアンタの物でもあるから……一応、許可を貰っとかなきゃなって」

「…………………」



グレイはもう一度目線を下げた。暫しレジウィーダの手にある音楽プレイヤーを見つめていたが、やがて彼は顔を上げると目を細めて笑った。



「良いンじゃねーの」



つーか、



「そもそもオレに許可取る必要はねーだろうよ。オレはあくまでも自鳴琴を貰っただけで、作ったのは未来の野郎なんだから、あいつがいねーならお前が好きにやったら良い………だからよ」



と、グレイは真っ直ぐにこちらを見据える。



「歌詞、出来たら見せてくれよ───いや、聴かせてほしい」

「先に書いた物を見ないで良いのか?」



そう言うと彼は頷いた。



「文字で見るより、歌で聴いた方が世界観がわかりやすいだろ。それに……」

「それに?」

「お前の歌は、嫌いじゃないからな」



レジウィーダは静かに目を見開く。彼は、性格も口も悪いがこんな冗談を言うような奴じゃない。つまりは本心、なのだろう。



「……………」



なんとなく、前を見ていられなくなって俯く。だけど、彼のその願いはこちらとしても有り難かった。歌詞をつけたら、いずれは聴いてもらおうとは思っていた。まさか先に向こうからお願いされるとは思ってもみなかったから───だからこそ、嬉しかった。

レジウィーダは震える手を抑えながらテーブルの下に隠すと、それからゆっくりと顔を上げた。



「あたしで良ければ、喜んで……!」



そう言うと何故か今度はグレイの方がこちらを驚いたように凝視してきた。何となくだが、理由はわかっている。きっと、今の己は随分と酷い顔をしているのだろう。こう言う時の彼はいやに正直だから、きっとまた………”あの時”のように思ったままの気持ちを吐き出されるのかも知れない。

だけど今はまだ、この歓喜を冷ましたくなくて、レジウィーダは目の前の彼が何かを言う前に話を切り上げるとその場から走り去った。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







タリスは一人で街を散策していた。ナタリアやガイに一緒にどうかと誘われはしたが、今回はなんとなく一人でのんびりとしたくて、その申し出はやんわりと断った。その際にナタリアが何故グレイは一緒に行かないのかと、さっさと部屋へと行ってしまった己の恋人に対して憤慨していたのを思い出して笑いが漏れる。

しかし寒さが苦手な上に今もまだ怪我が治っていない彼を連れ出すのはあまりにも可哀想だ。明日にはアブソーブゲートに向かう。そこにはヴァンが待ち構えているし、下手をすればリグレットやラルゴ、それに最悪シルフィナーレとネビリムを相手にしなければならない。

イオンの方はここまでの旅でかなり疲弊してしまい、今は知事邸で休ませてもらっているが、暫くは動けないだろう。それにかなりの危険が伴う為、この先の旅に彼は同行出来ない。しかしグレイは、きっと………否、必ず着いてくるだろう。

だって───



「あれ、タリス?」



後ろから聞き覚えある声が飛んできた。タリスは思考を止め、声の主を振り返るとそこにはルークと彼の肩に乗るミュウがいた。



「あらルーク、あなたも散歩かしら?」

「まぁ、そんなところかな」

「ボクはご主人様といつも一緒ですの!」



ルークに次いでミュウも元気良くそう答える。相変わらずの様子に微笑ましくなる。



「そうだったのねぇ」

「タリスは一人なのか?」



その問いに一つ頷く。それからふと、タリスは思った事を口にしてみた。



「明日、最後になるかも知れないわね」

「え?」



どう言う事かと言いたげな彼にタリスは続ける。



「明日アブソーブゲートに行って、ヴァン御一行様(笑)にお礼参りをするじゃない?」

「お礼参りって……」

「それからラジエイトゲートにも行って、外殻大地の降下の準備を完全に終えて………世界は平和になる」



そうすれば、嘗てトゥナロが言っていた秘預言の刻まれた未来を変える事が出来るのだと思う。元々、この世界に喚ばれた理由がそれなのだから、目的を達成すればあとはこの世界の人々に未来への襷を渡して帰る事になるだろう。



「色々と問題は山積みだけど、ローレライの願いである預言を覆したら、私達の役目は終わるの」



そこまで言うとルークは合点が言ったようにハッとした。



「! そうか、預言の未来が変わったらタリス達は………………元の世界に帰っちゃうのか」



次第に萎んでいく声。そこには隠しきれない寂しさを感じる。それ程までに、彼はタリスや皆と過ごした時間を大切に思っていたのだと思うと、なんだかこちらまでその感情が移り、目が熱くなりそうだった。

しかし泣くのは今じゃない、とタリスはぐっと溢れ出しそうになる気持ちを抑えると、ルークを真っ直ぐに見つめた。

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