A requiem to give to you- 桜色は笑う(5/8) -
「一応言っておくが、オレはちゃんと一度は止めたからな。冗談抜きでここの環境は人一人簡単に死ぬんだ。………けど、言って止まる奴なら苦労なんてしないんだよ」
「まぁ、それ程でもあるよ」
「褒めてねェわ」
何故か得意げにするレジウィーダにトゥナロは軽く頭突きをかます。そんなやり取りをスルーしつつ、ジェイドは更に質問を重ねた。
「しかし何故、あんな場所に行こうと思ったのですか?」
「さあ………よく、わからないんだけど、何か妙に惹かれたんだよね」
「惹かれた?」
うん、とレジウィーダは頷いて山脈を見上げる。
「なんかね、行かなくちゃってなったんだ」
「もしかしたらさ」
話を聞いて何か思い立ったのか、今度はフィリアムが口を開いた。
「体の記憶って奴じゃないか?」
「体の記憶?」
「そう。俺もその辺の知識があるわけじゃないから、わからないけど………でも、心が持っていた記憶はなくっても、その身で体験した事とか、感じた事とかってまた別なんじゃないかって思うんだ」
「だから無意識に覚えのない動きをしたり、不意に心の記憶を思い出そうと力を使ってしまう………ってことか」
フィリアムの仮説にグレイが小さく呟く。それに皆はえ、と彼を見た。
「………いや、独り言だ。気にすンな」
「そう言われるとすごく気になるわよ」
「オレ自身もよくわかってねーンだよ。ただ、フィリアムの言う通り、レジウィーダが山に惹かれたって言うのは、過去にこの地を訪れていた事も確かに関連はしてそうだとは思うぜ。あとは……」
グレイは一度言葉を止め、それからレジウィーダを見た。
「よっぽどお前に用事がある奴がいたンじゃねーか?」
「…………………」
レジウィーダは黙り込む。しかしそれに後ろめたさのようなモノはなく、彼女は小さく笑みを浮かべると頷いたのだった。
「そうなのかもね」
それからも皆はそれぞれ好きな事を話しつつも歩き続けた。降雪が少しずつ勢いが増し始めているが、吹雪くまではいかず、まだ先は見えている。
最後尾を歩いていたクリフはふと、足を止めた。それに気付いたグレイは彼を振り返ると首を傾げた。
「どうした?」
「…………いえ、ちょっと…………」
そう言ってクリフは黙り込む。いつもの彼らしくなく、どこか不安げな様子を感じる。グレイは先を進む者達を一瞥した後、クリフの方へと近付いた。
「何かあったのか?」
「……………」
クリフは何も言わない。顔が見えないくらい深く被った外套の前を握り締め、俯いている様にどこか既視感を感じながらも、しかし無理矢理聞き出す事もせずにグレイは肩を竦めた。
「ま、言いたくないってなら別に無理には聞かねーけどよ。でも、先に行けなさそうなら今からでも街に戻ろうぜ」
「………そう言う訳ではありません。ただ、」
そこまで言って言葉を切り、それから一度グレイの後ろを覗き込んだ後、意を決したように彼は言った。
「このまま、着いて行って良いのか………と思いましてね」
「どう言う事だ?」
「わかりません………ただ、何となく嫌な予感がするんです」
「嫌な予感、ねェ」
グレイはクリフの言葉の意味を考え、それから納得したように頷いた。
「多分、この先には六神将がいると思う。オレの予想ではリグレット、ラルゴ。それから………アリエッタ」
「何故、アリエッタがいると思うのですか?」
クリフは問う。確かに気持ちはわからなくはない。アリエッタはどちらかと言えばこちらに協力的だったからだ。
「【別の時間】では、そうだったから」
「は? それはどう言う……」
訳がわからない、と言いたげにこちらを見るクリフに、グレイは「あのさ」と彼の言葉を遮った。
「ずっと気になってたンだけどよ。お前、
誰だ?」
「──────え」
静かに問われたそれに、クリフはフードの下にある目を思い切り見開いた。
「本来なら、オレ達やフィリアム、それとトゥナロの野郎も含めて、この世界に関係のない奴は存在しないンだよ。つまり、この世界は偶々ローレライによってオレ達が喚ばれて、本来とは違う道筋を辿っているだけに過ぎねェ」
そう、だからこそ………クリフと言う存在は、変なのだ。
「オレも全てを見たわけじゃねーけど、これだけはわかる。お前は、本来の道筋では存在しないモノだ」
「…………………」
「シルフィナーレについては、元からこの世界に存在はしていたけど、あの女が動き出した動機がレジウィーダだって言うンなら、レジウィーダがこの世界に来てなかった時間軸では、そもそも違った未来を歩んでいたのかも知れねェ」
だけど、
「お前についてだけはマジでわからない。突然現れてレジウィーダの後釜やるとか言い出した時も妙にタイミングが良いし、トゥナロの野郎とも知り合いだったみてェだしよ…………何なんだよ、お前」
グレイはクリフを真っ直ぐに見据える。クリフは暫し無言でいたが、やがて困ったように口元を緩めた。
「これは………困ったなぁ。本当に貴方は、察しが良すぎる」
クリフはそう言って大きな溜め息を吐いた。
「確かに私は、本来なら存在しないモノなんだと思いますよ。……ですが、今はこうしてこの時間を生きている。それは貴方達がいたから………と言うのは確かです」
「”貴方達”? レジウィーダじゃなくてか?」
そう問うとクリフははっきりと頷いた。
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