A requiem to give to you
- 桜色は笑う(3/8) -








…………………。






「それが、何だって言うのよ」



タリスは静かにそう言った。それに誰よりも驚いたのはレジウィーダだった。



「タリス………?」



名前を呼ばれたタリスは弓を降ろし、それからレジウィーダを見て笑った。



「事実だけで裁けるものじゃないわ。そうなってしまった経緯や要因だってある筈。私はレジウィーダが心の底から、殺したい程あの人を恨んでいたとは思えない」



それに、



「頭ごなしに怒るのは…………もうやったでしょう? 顔まで引っ叩いたんですもの。私からはもう、あなたを怒る理由はないわ」



タリス、と少しだけ泣きそうになりながらも、レジウィーダはもう一度彼女の名前を呼ぶ。タリスはそんな彼女を見据え、それからシルフィナーレを振り返った。



「だから、あの人をダシに私を引き込もうとしても無駄よ。私は今のこの子達との未来を進みたいの。悲しい事も悔しい事もたくさんあったけど、それに負けないくらい、楽しい思い出もあるのよ。それに今は、この世界でルーク達と旅が出来るのも嬉しいわ。それって普通は出来ない事よ? 異世界を超えるのだって、今までの経験や時間があったからこそ、出来ているのかも知れない」



そう、この一瞬の時間でさえ、今だから出来ている事なのだ。



「だから私はこのままで良い。まだまだ課題も多いけど、いつかは笑い話になって、一緒に語らえる日が来ると信じてるから」



タリスの言葉にシルフィナーレは黙り込む。しかし直ぐに首を横に振ると溜め息を吐いた。



「本当に、貴女達とはつくづく気が合いそうもありませんね」

「考え方の問題だろ。気が合わなくったって一緒にいる事が出来るんだから、馬鹿げているようでタリスの言ってる事が間違っているとも思えないンだからよ」



グレイがそう言って肩を竦める。それから彼はレジウィーダを見て、それに気付いたレジウィーダは一つ頷くと言った。



「フィーナさん。失った物は戻らない。でも、完全になくなっていないのなら、まだ希望は捨てられないよ」



だから、



「世界が平和になったら、もう一度一緒に探そうよ」

「世迷言だわ。何を言われようとも、私は後に退くつもりはないの」



シルフィナーレはレジウィーダの言葉を一蹴し、それからこちらに背を向けると歩き出した。レジウィーダはそんな彼女の名を呼ぶ。



「フィーナさん!」

「…………次に会う時まで、せいぜい生き残って下さいね。貴女を仕留めるのは、私なんですから」



それだけ言うとシルフィナーレはネビリムを伴い、風で舞う雪と共にどこかへ消えていった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







ルーク達と無事に合流を果たしたレジウィーダは、ネフリーへの報告もある為一度ケテルブルクへと戻ってきていた。道中、ディストのいる病院へ立ち寄った事や、病院の後にネフリーからレジウィーダへ街の外の様子を見てきてもらう事をお願いしたと聞き、急いで向かってくれたのだと言う事を聞いたのだった。



「………ネビリム先生のレプリカが………そう、なんですね」



知事邸にて、調査結果をネフリーへと伝えた。事が事の為、名前を伏せずにネビリムの話題を出すと、彼女は悲しげに眉を下げた。それからネフリーは己の兄を向いた。



「お兄さんは、大丈夫なの?」

「何がですか?」



妹の問いに至って普通に返すジェイドに、ネフリーは困惑を隠せない様子だ。



「何がって………」



ネフリーはルークとタリスを見た。ネビリムのレプリカをジェイドが作った事は、彼女が二人にだけ話した事だ。レジウィーダはともかくとして、他の者たちの目の前でこの話を続けるのかどうかを迷っているようである。

そんな彼女の心情を察したのか、ジェイドは仕方ないと溜め息を吐いた。



「まぁ、ここまで来たら隠しようもないので教えますよ」



と、ジェイドは仲間達を見た。



「先程、シルフィナーレが連れていた女性ですが…………あれは嘗て、この街で私塾を開いていた第七音譜術士を元にしたレプリカです」

「嘗てって事は、今はいないと言う事ですの?」



ナタリアの問いにジェイドはええ、と頷く。



「彼女は、私が一番初めに作った生物レプリカなんですよ」



ネビリムのレプリカ本人が言っていた事と違わぬその言葉に、仲間達は息を呑んだ。



「私が不適合の譜術を暴発させ、先生を瀕死に追いやった。そんな先生をレプリカとして健康な体に戻せると…………そう思った結果が、あのような化け物が誕生した経緯です」

「化け物だなんて、」



ルークはそう言いかけて、しかしその先が言えずに言葉を詰まらせてしまった。そんな彼にジェイドは苦笑した。



「良いんですよ。己の力を過信した愚かな子供の罪です。正当化するつもりはありません。それに、あれを作ったことで瀕死だった先生を死に追いやり、私やディストを殺そうとした彼女から守ってくれたレジウィーダまでもを消しかけてしまった」



それだけじゃない、と彼は続けた。



「これは私も知ったばかりですが、その後暫くしてから譜術士の大量殺人事件が起きていたのです。それもまた、先生のレプリカが不足していた音素を得る為に譜術士の音素を喰らっていた」



大量の音素を得た彼女は、並大抵の者では太刀打ち出来ない程に強くなってしまっていた。討伐に派遣された隊長クラスの実力者が体の一部と引き換えに封印するのがやっとだったと言う。



「成程………前にセルシウスが言っていたのはそう言う事だったのか」



ヒースが思い出したように呟く。それにグレイが知っていたのかよ、と問うと彼は頷いた。
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