A requiem to give to you- 知らない時間とぶつけた本音(5/7) -
「わ、悪かった! オレが悪かったって! ごめん……ごめん! 本当にごめんなさい!!!!」
今までにないくらいに謝罪の言葉を口にする。何が嬉しくて、敵だけではなく味方にも腕を折られなけらばならないのだ。そんな事になるくらいなら恥もプライドも捨てて素直に謝った方が良い。それに、心配をかけてしまったのは事実なのだから。
「……………」
ヒースは何も言わない。しかし締め上げる力を強めるのは止まった。一先ずの危機を回避し、グレイはゼェゼェと短い呼吸を繰り返す。
「僕は、……───」
「…………?」
ヒースが何かを呟くも、上手く聞き取れず動かない首を無理矢理後ろへと動かして彼を見上げようとする。
「僕は、そんなに頼りにならないのかよ」
そんな言葉が耳に入るのを理解すると同時に、ヒースはグレイから離れてベッドから降りる。そんな彼にグレイは声を上げようとするも、それよりも早くヒースは部屋を出て行ってしまった。
「ヒース………?」
呆然と彼の出ていった方を見る事しか出来ないでいると、直ぐにそこから二つの顔が出てきた。
「あ、あの………」
「えー………と、………」
とても気まずそうにしながら部屋に入って来たのはナタリアとガイだった。そのまま二人はベッドにうつ伏せになって動けなくなっているグレイの体を起こし、ナタリアは治癒術をかける。その横で、ガイが「よう」と苦笑しながら口を開いた。
「無事……って感じじゃなさそうだけど、取り敢えず生きていたようで良かったよ」
「あ、ああ………」
「驚いたよ。ヒースも、あんな風に感情的に怒るんだな」
でも、
「それだけ、お前の事を心配していたんだと思うぜ………まぁ、腕を折ろうとするのはやり過ぎだけどな」
「………………」
「ねぇ、グレイ」
と、今度はナタリアが口を開いた。
「ヒースは、バチカルに居た頃から言っていましたの。強くなりたいって」
「強く……」
「ええ。わたくしがファブレ家に行くとよく鍛錬に励んでいて、体の自由が利くようになってからはガイやルーク達と一緒に剣術を学んでいましたわ」
「正直、あいつには必要のない技術だと思ったよ」
ガイが引き継ぐようにそう続ける。
「戦争とか、戦いとかのような命のやり取りなんて不要な世界から来た者が、キムラスカで王城の次に安全な場所にいたんだ。何かあれば騎士達も守ってくれるし、最悪俺やヴァンだっていた。それでもなお、力を求めた理由を………お前は考えた事はあったか?」
「それは、」
わからない、なんて言えなかった。理由なんて、痛い程わかるから。だけど考えたくはなかった。ガイも言う通り、本来ならば必要のない事だったから。確かに、ヒースの今まで過ごしてきた時間を考えると、体を鍛えるのは良い事だ。だけど武器を持って戦う力など、持って欲しくはなかったのだ。
誰かを傷付けて、心をすり減らして、関係のない者達の為に戦わせるくらいなら……己が全て請け負って、大切な者達を守りたかった。
『僕は、そんなに頼りにならないのかよ』
部屋を出て行く直前のヒースの言葉がリフレインする。頼りにならないなんて、思った事はない。寧ろ元々の運動能力を取り戻した彼は想像以上に戦えたし、素晴らしい能力にも恵まれ、音素意識集合体に祝福なんて言って更に召喚を出来るまでに強くなった。それこそ、中途半端な己よりもずっと……。
そんな彼が力を求めた理由など、分かり切った事だ。それでも共に肩を並べて戦わせる事なんて、本当はさせたくはない。………だけど、それが逆に彼を苦しめていたのだと、理解してしまった。
「………………」
もう、見て見ぬ振りなど出来ないのだろう。きっと、逆の立場であったのなら、自分だってすごく嫌なのだから。
グレイは大きく息を吐くと、唯一動く左腕を使って何とか立ち上がる。全身が痛いし、右腕どころか体の骨のあちらこちらが軋むような感覚すらある。それでも、行かなければならなかった。
「回復、助かった。………ちょっと、行ってくる」
グレイは短くそう言うと、震える足に力を込めて幼馴染みを追いかけた。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
「はぁ…………やっちまった」
ヒースは大きな溜め息を吐いた。勢いで重症人を締め上げるなど………しかも怒りに任せたとは言え、危うく取り返しのつかない事をしでかすところだったと、一度冷静になった頭に過ったのは後悔だった。
この世界で過ごした二年。来たばかりに比べて随分と色々な事が変わった。グレイやレジウィーダと違って異世界の知識も経験もない己が、能力を得て、あの忌まわしい呪いのような体の鈍さから解放され、武器の使い方や戦い方を覚えた。少しでも、己の力で守る事が出来るように、と。
(あいつが、グレイがあんな感じなのは今に始まった事じゃない)
面倒臭がりな癖、妙にお人好しな部分もある幼馴染みは、自分の大切な物を守る為には己を顧みない。ヒースが同級生から嫌がらせを受けた時も誰よりも心配し、怒ってくれていた。時には殴って仕返しをする事だってあった。それによって彼が大人から怒られようが、彼は気にしなかった。…………だけどそれが嬉しかったと同時に、とても悔しかった。
───グズでノロマな桐原君。周りからの貼られたそのレッテルの通り、己一人では何も出来ないのだと嫌でも理解せざるを得なかったのだから。
(僕だって、大切な物を守りたいんだ)
レジウィーダのような推しの強さも、グレイのような頭の良さも、タリスのような財力やツテもヒースにはない。誰にもこれだけは負けない、と言うような力がなかった。そんな中で役に立つ力を得た。それこそ、正しく使えば仲間達を守る事だって出来る程の強い力だ。
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