A requiem to give to you
- 愛芽吹く、新しい夢(5/7) -



「本当は全部、わかってるんだ。僕がやってきた事が、どれだけ歪んでいたモノだったのか。欲に溺れ、周りの事を置き去りにして好きな事だけをしてきた結果、それがこれさ」



玄はそう言って自嘲する。



「詩音の寂しさも、未来の怒りも、友人達の心配も見えてなかった。それに……」



宙、と彼は名前を呼ぶ。



「お前の、成長も……」

「お父さん………」

「手に取った試験管が始まりで、時を経て遥香に抱かれたお前はまだ本当に小さな赤ん坊だった。まんまるの目にぷっくりとした頬。僕や未来と同じ黒い髪───遥香に、『アンタも持ってみい』と首も座っていないお前を抱っこさせられて、酷く焦った記憶もある」



だけど、



「持ってみたお前はとても暖かかった。小さくとも心臓の音も聞こえたし、何よりも僕を見て笑った顔は














すごく愛おしかったんだ」



玄はそう言って照れ臭そうに笑った。しかしそれは直ぐに曇った。



「でも、そこまでだった。そこから先は本当にお前の事を見てやれなかった」



向こうにいた頃は確かに毎日顔を合わせてはいた。会話もした。だけど、それは家族としてではない。あくまでも研究の被験体と研究者としての会話に過ぎない。



「だからこそ、驚いたんだ」

「……何に?」



宙は尋ねた。すると玄はそっとその手を目の前の紅に乗せた。



「僕の娘は、いつの間にかこんなにも大きくなったんだなって」



その言葉に宙は目を見開いた。だってそれは、宙がずっと欲しかった言葉だったから。



「16、か。そうか………もう、16年も経つんだな」

「うん」

「高校生って言うと、今が一番楽しい時期だよね」

「うん。すごく、楽しいよ」

「そうか………………なぁ、宙」



なあに、と返す。



「僕は、取り返しのつかない事をたくさんしてきてしまった。妻も息子も、そして友人すらも失って、逃げてしまった…………それでも、お前は待っていてくれたんだね」



その言葉に小さく頷く。それに玄は一度言葉を切り、それからまるで懇願するかのような視線を宙へと向けた。



「だから、と言って良いのかはわからないけど、今更だけどお前を娘として───いや、お前の父として、家族として受け入れてもらえないだろうか」



必死とも言える表情。引っ込み思案な父が今言える最大限の気持ち。だけど宙には、それだけで十分だった。



「言ったでしょ。あたしにとっての父はあなただけで………家族だって」



そう言って笑うと、玄はどこか泣くのを堪えるかのように宙を慣れない手付きで抱き締めた。



「ありがとう……………それから、今まで本当にごめんな……っ」



そんな父を安心させるように、宙は「良いよ」と返して震えるその背に腕を回した。

二人の側に聳える樹は、まるで良かったね、と言うかのようにチリンと小さな鈴のような音を奏でていた。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







ピンポーン、とインターホンのチャイムが鳴り響く。それに朝食を作っていた遥香がリビングにいる人達に「誰か出てあげて」と声をかけると、フィリアムが返事をして玄関へと向かった。その直後、遥香と一緒に支度を手伝っていた宙は玄関先でフィリアムの驚く声が聞こえてきた気がして首を傾げた。



「? 何かあったんかな?」

「ここは良いから、見に行っておいで」



遥香の言葉に宙は頷くとタオルで手を拭いてから玄関へと向かった。するとその途中、リビングへ戻ろうとしていたフィリアムと出会った。



「あ、姉さん」

「フィリアム、何かあったのか?」

「あー………いや、別に」



何故か言い淀むフィリアムに宙はますます訳がわからないと不審に思っていると、彼の背後から声が聞こえてきた。



「宙♪」

「涙子? ───って、ええぇっ!?」



フィリアムの背後からひょっこりと顔を出したのは涙子……だったのだが、そんな彼女の姿を見て宙は驚きに声を上げた。それもその筈で、つい一昨日までは下ろすと腰近くまであったウェーブかかった髪は肩よりも短くなっていたのだ。ボブよりももっと短い、ショートヘアになった涙子を見て、驚かない訳がなかった。

そんな宙の反応に満足したのか、涙子は機嫌良く笑っていた。



「フフ、良い反応ねぇ♪」

「じゃ、ないよ! 一体どうしちゃったんだよ!?」

「別に大した事じゃないわ」



その言葉にえ、と宙はフィリアムと揃って目を丸くする。そんな二人に涙子は続けた。



「ただ、ちょっと気分を変えたかっただけ。ルークのように決意表明だとか、そんな大それた事はないの」

「で、でもさ………良かったの?」

「何が?」

「何がって………アイツに何も言わずにこんなバッサリと………」



全てがそうだとは言わないが、中には彼女の髪の長さに拘る恋人も多いらしい。陸也がそんなタイプかどうかはまでわからないが、急にこんな短くしてしまっては、変に思われるのではないだろうか。

そんな宙の心配を他所に涙子はフッと笑う。



「人の目を気にして、オシャレなんて出来ないわ」

「「か、かっこいい………」」



あまりにも正論かつ堂々とした佇まいに、思わずフィリアムと揃って同じ言葉を呟いてしまう。



「まぁ、そう言う事だから。後から見る人達の反応が楽しみだわ♪」

「うーん、まぁ………自分で納得してるんなら、いっか」



そう結論付けると三人でリビングへと入る。初めて対面した睦と涙子がお互いに自己紹介をするのもそこそこに、宙達は朝食を摂りながらも涙子の話を聞くことにした。
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