A requiem to give to you
- 愛芽吹く、新しい夢(4/7) -



「何も知らない癖に、アイツはお父さんを否定した。あたしや……あまり気分は良くないけど、お母さんの事だったらまだわかるよ。だけど、何もわかろうとせずに勝手に一人で悲しんでいるアイツの事が………大嫌いだったんだ」



でも、



「本当に何もわかってなかったのは、あたしだったんだ」

「どうして、そう思ったんだ?」



玄の問いに宙は苦笑した。



「あたしだって16だよ。兄貴が置かれていた状況が一般的に見て異常だったって事。それがわからない程、鈍感じゃないよ。……それに、言葉にしなければ、わかる物もわからないって事も目の当たりにしてきたからさ」



思い浮かぶのは、異世界で旅をしている仲間達。お互いの立場とかもあるのだろうが、皆がみんな、大切な事をきちんと言葉に出来なかったが為に色々な悲劇が起こってしまった。



「兄貴もあたしも、お互いに嫌っていた事はわかってたんだ。だけどアイツは、それでもこっちに歩み寄ってくれていた」



妹として、認めてくれていた。



「でもあたしは………その気持ちに対して、素直になれなかった」



そしてそのまま彼の手を取る事なく、その命ごと突き放してしまった。



「後悔先に立たず。……あの時もっと、自分の気持ちに素直になっていれば、今でもここに兄貴は………お兄ちゃんはいてくれていたのかも、なんて思ったりもしたけど、今更元には戻れない」



だからこそ、宙の持つ力が必要なのだ。



「時を戻せば、兄貴も兄貴の母親も返ってくるよね」

「あ、ああ……」

「詩音さんが亡くなった後、お父さんはあたしの力でそれをしようと今までよりももっと研究に打ち込んだ───でもさ」



どうして、途中で止まっちゃったの?



「兄貴が消えてしまった時、お母さんから連絡が行ったよね」

「……聞いたよ。もう、二度と会う事が出来ない……とも」

「あたし、その事について詳しくは話していなかったから聞かれると思ったんだ。だけど誰も追求してくるどころか、お父さんに至ってはそれ以降殆ど連絡も取れなくなったし、研究の進みも止まってしまった。それは、何でだったんだ?」



別に追求されて、裁かれたいわけではない。だけど純粋に気になっていた。最愛の息子が”消えた”とだけ聞いて、だからと言って捜索願いを出してくれと言うわけでもなく、詳しく調べるわけでもない彼の、意図を。

玄はそんな宙の問いに言葉を詰まらす。己よりも高い位置にある目線はこちらを見てはおらず、直ぐ隣の地面にある。



「………………」

「………気づいちゃったんでしょ。あたしが、お兄ちゃんに何をしたか」

「……………っ、それは……!」



ハッとしてこちらを見る玄に宙は気にせず続けた。



「あたしもね、気付いたことがあるんだよ」



父がこの研究を始めた事、そして宙が能力を開花させた事で気付いた事実が。



「この力は、


















大切な人達を不幸にするんだなって」



本末転倒、とはこの事か。皆の幸せの為に持ったこの力に関わると、その望みとは全くの真逆の事が起こっていた。後から聞いた話も含まれていたが、少なくとも宙にはそう思えてしまったのだ。

そしてそれは、きっと玄も気付いている。だからこそ、これ以上の研究が出来ずにいるのだろう。



「お兄ちゃんが言ってたんだ───笑顔は、幸せの象徴だって」



大切なモノが出来た。その人達には、笑っていて欲しいと思った。それが己の手で起こせたのなら、これほど幸せな事はなかった。

だけど、そう思えば思うほど知らない内に誰かを傷つけてしまっていた。いっその事、父の望み通りにその夢を叶えて宙自身が消えてしまうのが一番なのだろう───でも、



「あたしね、この街に来てから大切なモノが出来たんだ。お父さんの夢の事もあったから、いけない事だってわかってはいたんだけど………でもやっぱり、ダメだった」

「宙………」

「皆が、一緒にいる事を望んでくれるんだ。この先もずっとバカやって、喧嘩して、遊んでさ。皆でたくさんの思い出を作って───そしたらさ、あたしも思っちゃったんだよ。

















あたしも、皆と一緒にいたいなって」



失ったモノは、時間は戻らない。けれど、能力がなくったって新しい思い出も、時間も作る事が出来る。嬉しい事も悲しい事も乗り越えて、皆で作ったたくさんの思い出の先にある、そんな未来を………歩みたいんだ。



「あたしは、今あるこの時間を無くしたくない。涙子も聖も、それに陸也もあたしの大切な人なんだ。勿論、睦君やあーちゃんだってそうだし、お母さんやお父さんだってあたしの唯一の家族だ」



宙は溢れ出す気持ちを玄にぶつける。玄は黙ってそれを聞いている。その表情の裏で何を考えているのかはわからなかったが、それでも宙は言葉を止めなかった。



「悲しい思いもたくさんさせてきちゃったけど、それでも…………時間を戻して、本来ならなかった悲しい思い出をなかった事にして、皆からあたしの存在が消えてしまうのは………………嫌だよ」



だって、あたしだって生きてるんだもん。



「普通の子供のような望まれ方をして生まれたわけじゃないけどさ、それでもここまで他の人達と同じように生きてきたんだ。嬉しい事も悲しい事も経験してきたし、色々な事も考えてきた。お父さんにとって、あたしは家族とは思えないとは思うけど、あたしにとってお父さんはあなただけだから…………本当は夢を叶えてあげたい。だけど、あたしもあたしの人生を生きたいから………だから、ごめんなさい」



宙はそこまで言うと口を閉ざす。玄はそんな宙を見つめ、何かを言いたげにするも困ったように口を開閉させている。

しかし宙は待った。どんなにこの先の答えが怖くとも、父を………信じたかった。



「本当は、」



と、やがて玄はそう切り出した。
/
<< Back
- ナノ -