A requiem to give to you
- 愛芽吹く、新しい夢(3/7) -



「ちょっと、何落ち込んでんのよ」

「いや………別に」

「急にしょげないの。私別に変な事を言ったつもりはないよ? フィリアムはフィリアムなんだから、レプリカだろうがクローンだろうが、違う人間だって言ってるだけ。だって、世の中一卵性の双子だって同じじゃないでしょう? それと一緒」



わかった?、と念を押すように問う。フィリアムは目を丸くしていたが、やがて小さく頷いた。そんな彼に、遥香は自分の思っていた事を素直に伝えてみる事にした。



「それでちょっと思ったんだけどさ」

「?」

「フィリアムが宙の弟って事は、君の親は誰になるの?」












…………………。











「………わ、わからない」



たっぷりと間を置いた後、返ってきたのはその一言だった。



「えぇー」



不満な声を上げれば、フィリアムは困ったように顔を顰めた。



「だって……姉さんじゃないけど、それこそ普通の生まれ方をしてないし。この場合って………ディストになる、のか?」



自問自答するフィリアムは、恐らく彼をレプリカとして作ったであろう人物の名前を呟いたかと思うと、物凄く嫌そうな顔をした。



「アイツが親とか………絶対嫌だ」

「よくわからないけど、宙のレプリカって事はつまる所遺伝子的にはあの子と一緒って訳なんでしょ? ───ならさ、



















別に私の息子って事でも問題ないじゃん」



ね、と笑いかける。すると目の前の存在は何を言われたのかわからないような顔をし、それから直ぐに戸惑ったようにオロオロし出した。



「え? え………そんな、感じ??」

「だって変な理屈を並べたり、余計な事を考えるよりもよっぽど簡単じゃない? 勿論、今まで君が過ごしてきた人達との時間もあるし、向こうで一緒に暮らしていた家族がいるかもだから強制は出来ないけどさ。でも、もしも君自身が”親”って概念を持ち合わせていないのなら、一番近い私や玄が親だって言っても良さそうに思えたんだよね」



ま、君が嫌がるならやらないけどね。

そう言ってフィリアムを見ると彼は緩く首を横に振り、そして思考した。



「………親、か。───もしも本当に、そう思ってくれるなら」



フィリアムは真っ直ぐにこちらを見た。その表情はどこか恥ずかしそうではあるものの、期待に満ちた輝きを持っていた。



「あなたは…………俺を、なんて呼んでくれる?」



その言葉に遥香は口角が上がった。

だって、そんなの簡単な事だ。もしも宙が男の子だったなら、ずっと呼びたい名があったのだから。目の前の存在があの子の半身であるのなら、迷う必要はない。




















「──────樹(いつき)」



遥香は心に秘めていたその名を告げると、フィリアムは出会ってから初めての、心からの笑みをくれた。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







慣れ親しんだ大きな樹のある公園。深夜に来たのは初めてで、月もなく、辺りの小さな街灯と空に浮かぶ星の輝きに照らされた様子は、また違った雰囲気を感じる。

公園のシンボルである樹───《異界の門》。その下に父である玄はいた。



「お父さん」



宙は父を呼びながら近付く。玄はその声には振り向かず、樹に当てていた手をそのままに「なぁ」と言った。



「お前から見て、未来ってどんな子だった?」

「兄貴は……」



と、宙は自分の記憶を掘り返す。



「出会ったばかりの頃は、明らかにあたしやお母さんを嫌っていただろうに、何だかんだでここにいる事を許してさ。一緒に過ごす中で、いつの間にかあたし達を受け入れて、家族だって思ってくれていた」



きっと、根がすごく優しい人なんだろうね。



「それにすごく子供っぽい。年下相手でも大人気も容赦もなくゲームとかで負かしてくるし、偶に面倒臭いくらい我が儘押し通してくるしでさ」

「そうなのか?」



こちらを振り向いた玄にそうだよ、と強く頷く。



「けど、それが逆に親しみやすかったのか、幼馴染み達に懐かれてた。次いでに世話焼きと言うか、お節介と言うか……………困っている人を放って置けない性分なのか、いつも誰かの側に寄り添っている、そんな感じがあったかな」



いつだって、兄は宙や幼馴染みの身を案じていた。何かと抱えている事が多い自分達の事情は知らずとも、彼なりに察しているようで、理由は聞かないまでも必ず一人ぼっちにならないようにしてくれていたのだと………今ならわかる。



「それとね」



そう言って宙は上着のポケットに入れていた自鳴琴を取り出した。



「これ、兄貴が作ったやつ」

「オルゴール?」

「うん。この中の曲も、アイツがあたしの為に作ってくれたんだ」



聴いてみて、と自鳴琴を手渡して促せば、玄は静かに蓋を開けた。



♪──────


  ♪ ──────………



「………これ、本当にあの子が作ったのかい?」



自鳴琴から流れる、優しいメロディ。素人らしくどことなく拙いところもあるが、それでも簡単に出来るような物でもない。未来が宙達の為に独学で勉強し、作り上げたそれに驚いた玄に宙は「そうだよ」と返した。



「正直、あたし自身も兄貴の事は好きじゃなかった」

「宙………」



だってそうでしょう?



「確かに、本来なら家族で一緒にいる時間をあたし(龍脈の研究)が奪ってしまったのかも知れないけど、お父さんは皆の為に行っていた仕事だし、目的が変わってしまってからも、それ自体が兄貴や兄貴の母親の為にしていた事だった───なのに」



宙はそこで一度言葉を切る。言うべきか悩んだが、直ぐに送り出してくれた遥香の顔を思い出すと先の言葉を続けた。
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