A requiem to give to you- 愛芽吹く、新しい夢(2/7) -
「玄の研究の事は知っていたわ。龍脈の力を人に与える実験をしたくて、その為にはより順応に力を与えやすい子供を作りたいと言うのも。けど、流石に他所の子で勝手に試した事もない生体実験は出来ない。そんな所にいつ消えてもおかしくない私がいたもんだから、アイツは言ったのよ」
子供を作ってみないかって。
「今思うと、とんでもなく最低な発言だよね。だってアレでも妻子持ちだったんだよ? 正気だったら絶対にぶっ飛ばしていただろうし、何ならアイツの急所でも蹴り上げて不能にもしてやったと思う」
「わーお……超過激やん」
我が母ながら恐ろしいと思うが、本人は楽しそうに笑っていた。
「そ、それで………こうなってるって事は、結局その提案を呑んだって事なんだよね?」
「結果的にはそうなったね。どうせまともに女としての役目も果たせないと思ってたし、子供を作るにしても、別にアイツと直接触れ合って何かをする訳でもなかったし。……………けど、アイツの提案は、あの時諦めていた自分の子を抱くって夢を叶える事が出来るんじゃないかって、期待があった」
「……………」
「確かに、別にアイツとの子供じゃなくったって好きな人との子供を産む方法なんて探せばあったんだろうけどさ、あの時は本当に藁にも縋る思いだったから、自分の子供を産めると知って直ぐにアイツの手を取ったよ」
でもね、
「正規の手順ではないにしろ、実際に宙を産んで、この手に抱いて。初めてアンタの声を聞いた時に思ったんだ。
可愛いなって」
そう言ってこちらを見つめる目は、確かな愛情を感じた。これが赤の他人の話であれば、この過程は何とも胸糞悪い話になるのだろうが、それでも………自分達の異常さを受け入れながらも、こうしてここまで育ててくれたのは、その気持ちが本心であったからなのだろう。
「玄にとって、宙の誕生についてはあくまでも実験の一貫………と言うのは隠しようもない事実だけど」
「うん」
知ってるよ、と笑う。しかし遥香は首を横に振った。
「こうしてアンタを産んで、この手で育てたからこそわかるわ。命ってね、そんな簡単なものじゃないんだって。アイツは夢の為と宙を小さい頃から研究対象として扱っていたけど、私にとってアンタは本当に……………かけがえのない宝物なんだよ」
「宝物……」
「それに玄もね、本当は気付いてる筈なのよ」
「お父さんが?」
そう問うと遥香は頷く。
「アイツはアイツで、研究を続ける中でたくさんのモノを失ったの。すれ違いにすれ違いを重ねて、それが解かれぬままに最も大切な人を亡くした。それによって研究の目的が変わってしまったアイツを、何度も説得してくれていた親友の手を取れないままに、二度と会えなくなってしまった。そこから一度立ち止まったかと思えば、小心者が災いして何も出来ずにいる内に………大切な人との宝物までどこかへ無くしてしまった」
全てが研究のせいとは言わない。結果的にそうなっただけの事。確かに彼の夢が成就されれば、彼の大切な人達は手元に戻ってはくるだろう。
だけど、
「まだ、全てを失ったわけじゃない。亡くなった人に関しては残念だと思うし、特に詩音さんには私自身も本当に申し訳ないと思っていたわ。だけど、玄がああやっていつまでも立ち止まって悩んでるって事は、本当はどうするべきなのかは、アイツにだってわかっているのよ」
だから宙、と遥香はこちらを真っ直ぐに見つめる。
「アンタが前へ向かうなら、ついでにあのバカの尻を後ろから蹴ってやりな」
それできっと、大丈夫だからさ!
そう言って笑った遥香に、宙は自然と口元が上がるのがわかった。
「………うん!」
宙は確かに頷くと、父が向かったであろう場所へと向かう為、家を飛び出して行った。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
娘が出て行った先の扉を見つめ、遥香は既に冷め始めたお茶に口をつける。冷めても美味しいな、と味わうのもそこそこに、カップを一度机に置くと、唐突に口を開いた。
「…………………それで、君は君で何か言いたい事があるのかしら?」
「! …………どうして、気付いたんだ?」
扉の先から顔を出したのはフィリアムだった。勢い良く出て行った宙は気付かなかったようだが、大分前から彼が隠れていた事には気が付いていた。遥香の声に驚いたフィリアムは観念してリビングの中へと入って扉を閉め、こちらに近付いてくる。そんな彼に遥香は笑った。
「これだけこの時間に人が出入りしてればねー。普段は二人しかいないから、逆に気付きやすかったわよ」
「うぅ………俺一応軍人なのに………」
「フッフッフッ、修行が足りないのう………なーんてね」
項垂れるフィリアムを冗談混じりに笑った後、そう言っておちゃらけてみる。それから遥香はフィリアムを上から下まで見て、それから納得した。
「な、何……?」
「宙を男の子にしたらまさにこんな感じなんだろうなって思って」
「まぁ……レプリカだし」
「それもそうだけど…………うん、やっぱり我が子ながら男の子にしても悪くない造形ね♪」
素直な感想を言うとフィリアムは途端に呆れたような顔になった。
「やっぱり、姉さんの母親だ……」
「あら、そのお姉ちゃんを元に生まれたんなら、君も似たような物でしょう?」
「似ていても、同じにはなれないよ」
「それは当たり前よ。だって君はフィリアムであって宙ではないもの」
自分は自分でしかない。だから考え方だって一人一人違うものだ。そう言う意味で言ったつもりだったのだが、どうやら違う意味で捉えたのか、フィリアムはどことなく悲しげに眉を下げた。
.