A requiem to give to you
- 未来が夢見たモノ(6/7) -



けど、と彼は続ける。



「異世界へ行くだけじゃない。その力は時間をも操れる事もわかったんだ」

「時間を操るって、まさか……!」



涙子はフィリアムを見た。フィリアムはそれに否定はせず、一つ頷く。そして玄も、はっきりとこう言ったのだ。



「まさに宙が持つ能力こそが時間を操る力、なんだよ」



時間を渡るのと、時間を進めたりあるいは戻したり、止めたりするのは訳が違う。前者は【今存在している者】が過去や未来に行く事。後者は自分を含めた周りの事象そのモノを一定の時間にする事。そして過去に戻すと言うことは、それまでにあった事は全て無かった事になる。つまり、玄の夢とは……



「僕の夢は、大切な人達を失った時間をなかった事にして、また一からやり直す事だった」



これで漸く、涙子の中にあった全てのピースが揃った。フィーナが宙やフィリアムの命を狙ったのも、宙自身が昨日言っていた言葉の数々も、そして…………彼女がやたらと将来への話に否定的だった事も、全て理解してしまった。



(なかった事にって、それは研究を始めた事自体をって事? 何にしてもこんな事をしたら今ここに存在する宙は只では済まないだろうし、それに場合によっては………)



フィリアムどころか、宙にすら会えない可能性が高いのではないか。それどころか未来に会う事だって怪しい。



(そんなの……嫌だわ!)

「涙子」



フィリアムが涙子を呼ぶ。それにハッとして彼を見ると、フィリアムは握ったままだったその手を優しく握り直した。



「大丈夫だから」

「どういう……事?」

「姉さんも、この人も」



そう言って小さく微笑む。それからフィリアムは玄を向き直った。



「俺は、姉さんの記憶を元に生まれたから、あなたの夢については知っていた。レプリカだから、当然同じような力もある…………けど、だからと言って俺は死にたくないからあなたに協力する気はないし、俺は俺が生まれた世界に帰ります」



ただただ真っ直ぐに、告げる彼の言葉に玄は何も言わない。



「俺はまだまだたくさん世界の事も知りたい。向こうで知り合った人や仲間といたい………それに

















大人になって、今よりもたくさんの事をやってみたいんだ」



ちゃんと、一から世界を旅するのも良い。どこかの街や村でそこに住まう人々と何かを作ったり、新しい事を始めたりするのも楽しそうだ。何なら、今はまだないけれど趣味を見つけて、それを生業にしてみるのも悪くはないと思う。



(フィリアム…………あなたは…………)



次々と夢を語るフィリアムはとても輝いていた。誰よりも未来を真っ直ぐに見つめる事が出来る彼が………何よりも素敵だった。



「玄さん」



と、フィリアムは玄に言う。



「俺は今、たくさんの夢に溢れてるんだ。姉さんは………どうだろう?」

「宙の、夢………?」

「興味があるなら、聞いてみてよ」



きっと、面白いと思うよ。いつの間にか外れた敬語で話し、笑う彼の顔は宙ととてもよく似ていたのだった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







夕方、涙子達は地元の駅に戻ってきた。玄は遥香達へのお土産を買い忘れたとかで慌てて近くのお店で見繕う為にどこかへ走って行ってしまった。



「本当に、忙しない人ねぇ」

「と言うか、根本的に抜けてるんだろうな」



玄を見送った二人は苦笑し合う。それから涙子は持っていた上着の入った紙袋をフィリアムへと差し出した。



「本当は今日渡しに行きたかったのだけど、遅くなっちゃうから宙に返しておいてくれないかしら?」

「わかった。……今日は、突然巻き込んでごめん」



紙袋を受け取ったフィリアムは申し訳なさそうに謝る。涙子はそんな彼に首を振った。



「全然。寧ろ誘ってくれてありがとう。色々な話も聞けたし、行けて良かったわ」

「なら、良かった…………………あのさ」



安堵するのも束の間、フィリアムはふとそう言うと涙子を真っ直ぐに見た。



「どうして、涙子は兄貴と………陸也と恋人なの?」

「え、っと…………」



まさかそれを今聞かれるとは思っていなかった為、涙子は回答に困ってしまった。それをどう捉えたのか、フィリアムは途端に恥ずかしそうに目を逸らした。



「あ、ごめん。変な聞き方した………えっと、なんて言うか…………別にそれを否定しているとかじゃなくて、」

「だ、大丈夫よ。言いたい事も何となくわかるわ」



つまり、彼が言いたいのは



「何故、未来をあれだけ慕っていた私が陸也と付き合っているのかって、事でしょう?」

「……まぁ、そんな感じ」



タイミング的に、彼の中にある宙の記憶は涙子が陸也と付き合う前までだ。出会った頃からの涙子の姿を知っているのなら、確かにその疑問は浮かばないわけもない。



「そうねぇ……強いて言うのなら、………寂しかった、のかも知れないわねぇ」

「どう言うこと?」

「人間、寂しい思いをするとね、差し出されるモノが何でも暖かく感じてしまうのよ」



きっと、これはその延長線なのだろう。例え、その視線の先が本当は自分に向いているのではなくとも、涙子を心配し、身を案じてくれている心は本心だったから、ずっとそうして欲しいと………願ってしまったのだ。
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