A requiem to give to you
- 未来が夢見たモノ(5/7) -



誰も望んでない、なんてそれこそ嘘だ。彼の生を望む者はいるし、それに彼自身だって………ちゃんと答えは出ている筈だ。



「シンク」



だから、もう一度問おう。



「君は……















いきたい?」



シンクの瞳が一瞬揺らいだ。



「……………………」




それからシンクは黙ったまま宙を見ていた。長い時間が経ったように思える。それでも宙は待っていた。彼が自分自身の答えを出すのを。



「………ぼ、く……は」



小さく、細々とした声が宙の耳に入る。



「ボクは………………生きたい」



確かにシンクはそう言った。弱々しく伸ばすその手を宙の手に重ねる。そんな彼に宙は優しく微笑むと、あの時よりも大きくなった少年の体をしっかりと抱き締めた。



「そうだね。あたしも、まだまだ皆と一緒にいたいからさ…………今度こそ、一緒に行こう。そして、」



自分だけの未来を見よう。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







水の瀬(せせらぎ)が響く。広い敷地の中心に立つ噴水からの音だ。そこを起点に四方に区画し、その一つにその人の墓があった。



「随分と長い事、来れずにすまなかったな──────詩音」



玄は墓前に屈み、線香を添えながらそう小さく謝罪を口にした。後ろでフィリアムと共に手を合わせ黙祷をしていた涙子は目を開くと辺りを見渡した。



「とても綺麗な場所ですね」



その言葉に玄は立ち上がりながら頷いた。



「そうだね。妻は花が好きだったから、花にたくさん囲まれたこの霊園を選んだんだ………とは言っても、選んだのは僕じゃなくて彼女のご両親なんだけどね」

「そうだったんですね。でも、好きな物に囲まれて、大好きな人に来てもらえるなんて………幸せな事だと思います」



涙子がそう言うと、玄は「そうだろうか」と悲しげに笑った。



「僕は、妻にも息子にも………何もしてあげられなかったよ。ただただ、悲しませるだけだった」



そんな玄に涙子は何も言ってあげる事は出来なかった。例え彼の言う通りだったのだとしても、それは他所が口出していい事ではない。



「……あの、良ければ教えてくれませんか。あなたの知る未来と、そのお母さんの事」

「フィリアム……」



涙子が驚いたようにフィリアムを見る。彼の真剣な表情に玄もまた呆けていた顔を戻すと頷く。



「良いよ」



それに涙子は二人の邪魔をしてはいけないとそっとその場を離れようとした……が、それはフィリアムが彼女の手を掴んだ事で阻止されてしまった。



「え、フィリアム?」

「アンタも、一緒に聞いてほしい」

「だ、だけど………」

「お願い………………………涙子」



あまりにも不安げにそう言われてしまえば、涙子もその手を振り解く事など出来なかった。困ったように玄を見れば、彼は「構わないよ」と言ってくれた。

それから玄は静かに話し始めた。



「妻と出会ったのは、大学の頃。医学関係の宿泊研修でこの街に来たのが最初だった。彼女は研修先の病院に来た患者でね、歳が近いこともあって打ち解けたんだ」

「まぁ、運命の出会いってやつですね」

「はは、そんなキラキラした物でもないよ」



玄は笑い、当時の事を思い出しながら続きを話す。



「彼女と話す中でこの街に伝わる都市伝説について知った。興味本位であの樹を見に行ったり、色々と調べていく中でアレが龍脈と呼ばれるこの星に流れる膨大なエネルギーが集まった世界のツボである事がわかったんだ。それが龍脈研究の始まり」



それから何度も医者になる為の勉強と並行して、龍脈を研究する為にこの街に何度も訪れた。そしてその度に後の妻となる詩音と会い、やがて恋人同士になり、最終的にはそのまま結婚をしたのだと言う。



「その後大学を卒業して、この街の病院で勤務をしながらも研究を続けていた。偶に樹液を採取したりしている内に杏奈さんに見つかって大目玉を喰らってね」

「お祖母様が……」

「『ウチの大事な樹になんて事してくれるんだいこの戯け!!』って杖で思い切りぶん殴られたのも良い思い出だよ」

「それって本当に良い思い出なのか??」



朗らかに笑う玄にフィリアムは絶句していた。しかし玄自身は気にしていないのか、マイペースにニコニコとしている。



「今思うと、だよ。当時はすごく痛かったし、何より『研究を続けるならこの街から出ていけ』なんて言われてしまったものだから……」

「研究を続けたいが為に妻子を置いてそのまま出ていってしまった、と言うわけねぇ……」

「どうしてもあのエネルギーの持つ可能性を捨てきれなかったんだ。妻にも、生まれたばかりの未来にも本当に申し訳ない事をしたと思うよ」

「そう思うのなら、せめて一緒に連れて行けば良かったじゃないか」



フィリアムがそう言うと、玄は「そうだね」と返す。



「そうしていれば、失う事はなかった……のかな。妻も、息子も………そして、友人も」

「ご友人も?」



玄は涙子のその問いには答えなかった。



「あまりにも、たくさんの大切な物を失ってしまった。だからこそ、僕は研究に更に打ち込んだんだ。研究していて、あのエネルギーには時空を歪める可能性が見えてしまったから」

「それって……」



そう、と玄は頷いた。



「まさに君達が体験した、異世界へ渡る事もその一つだね」
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