A requiem to give to you- 未来が夢見たモノ(3/7) -
階段を上がり、2階にある自室へと向かう。いつもならそのまま一番手前にある扉を開けるのだが、今日は何故だか直ぐにはそうしなかった。何気なく廊下を見ると、今までは気にした事もなかった一番奥の扉に目が入ったのだ。
(あの部屋………)
記憶が戻ったからこそわかる。あの部屋は未来のだ。忘れていた頃は部屋がある事自体は分かりつつも、特に興味の一つも湧かず、碌に入る事もなかった。
宙は自室を通り過ぎ、廊下の奥へと足を進める。長らく行く事のなかった扉の前へと来ると、静かにドアノブへと手をかけて開いた。中に広がる光景は、勉強机とチェスト、本棚、ベッドと……記憶に違わない兄の部屋があった。
(まさか、本当にそのままとっておいたんだ)
中へと入り、辺りを見渡す。机も棚も埃は殆どなく、定期的に掃除がなされているのがわかる。どうやら遥香が綺麗にしてくれていたようだ。
(もう、帰っては来ないのに)
世間的には行方不明扱いとなっている。警察に捜索願いも出しているが、真実を知っている宙にはそれが無駄である事はわかっていた。
(だってあたしが…………殺したから)
今思えばあの時が本当の意味での、能力の開花だったのだろう。フィーナのあの言葉を聞き、一瞬にして未来を刃が貫いたように見えたあれは………宙以外から見た光景だ。
本当は、あの時既に力を使っていた。宙が生まれて初めて使った力は、時を止める事だった。あまりにも感情が衝動で先走り、気が付けば辺りは静かで、自分以外が動かなくなったその空間で自分に向けられていた刃を手に取った宙は、湧き上がる負の感情を対象へと叩きつけていた。
気が付いた時には、何もかもが遅かったのだ。
「……………」
宙は勉強机を見た。机の上にはパソコンが一台置いてある。その傍にはファイルがいくつか仕舞われている。少しだけ色褪せたファイルのラベルには【MUSIC】と書かれている。作曲が好きであった兄が作った曲の楽譜でも入っているのだろうか。
それから視線をパソコンに戻すと、なんとなしに電源を入れてみた。今では大分型の落ちたそれは立ち上がるまで少しだけ時間を要したが、シンプルなデスクトップ背景に浮かぶいくつものアイコンの中から同じく【MUSIC】とタイトル付けられたフォルダをクリックする。宙にとってはあまり馴染みがないが、おそらく音楽の編集ソフトだと思わしきアイコンを更にクリックすると、ソフトが立ち上がる。画面一杯に何だかよくわからないカラフルなたくさんの横棒が散りばめられていたり、ところどころ楽器の名前が連なっていたりと、使い方はさっぱりだったが、【曲目リスト】なる項目を見つけて開くと、ナンバリングされたタイトルの曲達が出てくる。宙は抑え切れぬ好奇心から、一番上の【01】と書かれた曲の再生ボタンをクリックした。
♪──────
♪ ────
♪ ────────────………
(コレ、アイツの弾いてたやつだ)
前にダアトでひっそりとグレイがオルガンで奏でていた、子守歌。あの時のような拙さは流石になく、ゆったりとした穏やかなメロディは、心を安らかにしてくれるような気がする。あの後、別の街でグレイに許可を得て口ずさんでみたが、どうやらイメージ通りだったようで安心した。
(兄貴は、アイツの事をよく見ていたんだね)
誰よりも先にこの曲を贈るくらいには、一人で思い悩み眠れなくなる彼を、すごく心配していたのが伝わってくる。
それが何だか、少しだけ苦しい気がした。原因は正直わからなかったが、でもだからと言って暗い気持ちになるわけでもない。
(まぁ、わからない事を考えても仕方ない!)
そう気持ちを切り替えると、宙は次に【02】と書かれた曲を再生する。その曲がなんであるかは、想像がついていた。
♪ ──────
♪────── ──────
♪──── ♪ ──────
♪ ───────────
流れるそれは、宙の持つ自鳴琴と同じ曲だった。オルゴール特有の金属音とは違い、様々な楽器の音で奏でられるそれは自鳴琴で聴くよりもずっと明るくて、より励まされるような感じだ。
────宙、と懐かしい声が聞こえてくるような気がした。
『忘れないで。お前は確かに俺にとって、とても大切な存在なんだ』
あたしも、そう思いたかった。
『嫌いだと思う』
うん、ちょっとだけ。だけど、イヤではなかったよ。
『きっと、お前が思っているよりもずっとずっと憎んでいるかも知れない。だけど俺は、それだけは変わらないから』
…………兄貴。
『辛いかも知れない。けど、お前には俺なんかよりもずっと頼りになる人達もいる。手を、伸ばしてくれる人がいる』
それって……
『その手は、決して離さないでいてくれよ… ───』
「アンタも、その一人だったんだよ。お兄ちゃん…………ごめんね」
「何してるの?」
「 ──────!?」
唐突に背後から声が聞こえ、驚いて振り返る。そこにはいつの間にか来たのか、シンクが直ぐ後ろに立っていた。
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