A requiem to give to you
- 決意の時(5/6) -



「ティアにしか頼めないんだ。お前なら、俺が間違った時に常に厳しく注意してくれた。ガイもヒースも、それにタリスは……きっとあいつらは何だかんだで俺を甘やかしてしまう。それじゃあ、駄目だから」



だから、頼む。

そう言ってルークが頭を下げると、やがてティアは一つ息を吐いた。しかしその表情は呆れでも侮蔑でもなく、どことなく優しい気がした。



「わかったわ。見ているわ、貴方の事。……だけど忘れないで。私はいつでも貴方を見限ることが出来るわ」

「ああ」



ティアの言葉に、ルークは力強く頷いた。

それから早速市長と話をしに行きたいとルークが伝え、ティアが案内をしようと家の方を振り向いた時、二人を見守る三つの姿があった。



「……どうやら、話はまとまったみたいね」

「タリス! それにグレイとレジウィーダも!」



驚いたように声を上げるとタリスは微笑み、グレイは肩をすくめ、そしてレジウィーダは……



「ルーク」

「レジウィーダ……あ、あの……」



レジウィーダは大股でルークの前まで来ると、その名を呼んだ。それにルークがアクゼリュスでのやり取りを思い出し、言葉を詰まらせていると、彼女は右手を振り上げた。



「このバカちん!」



バチーーーン、と小気味のいい音が響き渡る。誰もが予想をしていなかった彼女の行動に、当事者以外は目を丸くした。

頬……ではなく頭に振り下ろされた平手に聞こえた音以上の痛みが走り、ルークは頭を押さえて悲鳴を上げた。



「い、痛ぇって!」

「グーじゃなかっただけマシ! 大体な、起きたら起きたで直ぐに教えてよ。見に行ったらもぬけの殻でびっくりしたんだぞ!」

「う、それは」



確かに起きてまず考えたのはセントビナー崩落の事。とにかく誰かに伝えなければという事に囚われていて、その辺の事は考えてはいなかった。



「起きて早々混乱して暴れてた奴が言っても説得力ねーわ」



グレイがボソリと突っ込むと、それが聞こえていたレジウィーダは一度彼を振り向くと「お黙り!」とビシリと言い放つと直ぐにルークを向き直った。



「怪我は?」

「も、もう大丈夫」

「状況はわかってる?」

「あ、ああ……」

「反省した?」

「勿論! ……まだ、信じてもらえねぇかもだけど、これから挽回できるように頑張るから!」



そう言うとレジウィーダは「そうじゃないよ」と否定した。



「ヴァンに乗せられてーとか、アクゼリュスを俺が滅ぼしたーとか、あたしが求める反省点はそこじゃないから」

「え?」

「人間関係ってね。築くのはとっても大変なんだ。なのに直ぐに壊れちゃう。些細な理由でもね」



彼女のその言葉に、自分から離れていった者達の顔が浮かんだ。アッシュを通じて仲間達を見ていて、大っぴらに貶されることはなかったが、しかし自分のやった許されない言動に、自分の話題が上がる度に呆れと悲しみ、怒りが浮かんでいるのをルークは分かっていた。



「貴族だろうが人間だろうがレプリカだろうが、誰かを信頼する難しさは変わらないと思う。誰かが自分に歩み寄ってくるんじゃない。自分から歩み寄らないと、折角相手が寄せていた信用も全て無に帰しちゃうんだ」



覚えがあるでしょ?

そう問われれば、ルークは頷くしかなかった。



「でもね、今回の事はルークに限らず皆が皆、お互いを信頼出来なかった事が一番の要因だとあたしは思う。確かに皆、国を背負う大事な役職だから迂闊に話せない機密も多い。それでも一緒に旅をするのだから、いくらでもやりようはあった筈だ」



だけど



「少しでも相手の信用を得ようと手を伸ばしていた人って……いたのかな?」

「それは……」

「正直に言うけど、皆自分の意見を優先してばかりだ。秘密も事情も話せない。だけど自分達は相手のことが知りたいからとか、こうしたいからとか、相手の事を考えた行動をしてなかったように見えたよ。強いて言うなら、イオン君の身を皆が多少気にかけていたくらいかな」



導師だから当然なんだろうけど、でも本気で守ろうと思うのなら誘拐なんて易々とされないだろうしね。その言葉にはティアも申し訳なさそうに俯くのが見えたが、レジウィーダは構わず続ける。



「ルーク」

「な、何?」

「さっき挽回出来るように頑張るって、言ったよね」



その言葉にルークは頷く。



「挽回じゃない。これから築くんだよ、皆でさ」

「皆で?」



思わず首を傾げるとレジウィーダはニッと笑った。



「そ。どうせ有って無いようなもんだったんだ。今度こそ、皆で和平を結べるように協力出来るくらいにはなろうよ! そして最後にはヴァンの横っ面をぶん殴ってやろうぜ☆」

「な、なんだよそれ……」



やられた事に対する報復がしょぼいってーの、と突っ込むルークは、自分の肩の力が抜けていることに気が付いた。あれだけ急がなきゃと焦っていた気持ちが、落ち着いていくのを感じたのだ。

レジウィーダもその事に気づいたのか、腰に手を当てて笑った。



「やっと良い顔するようになったじゃん」

「あ………」

「自分だけが頑張ろうだなんて思うなよ。君がやらなきゃいけない事はあるけれど、責任を全部背負うには……あたし達は事実を知らなすぎるんだ」



だからまずは、知る事からだよ。

社会勉強だねー、と鼻歌でも歌い出しそうなそんな明るい言葉に、ルークは戸惑いながらもしっかりと頷いたのだった。






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