A requiem to give to you
- 逆位相の交響曲・後編(3/11) -



シェリダン港では、銃声、爆発音、はたまた何かが薙ぎ倒される音など……戦いの激化を物語る音が響き渡っていた。



「魔神拳!!」



ヴァンは握る拳から闘気を放つ、その先にいたグレイは身を潜めていた倉庫の影から屋根へと飛び移りそれを回避する。そして右手に持つ譜業銃の照準を素早く合わせると、迷いなくヴァンへとそれを撃った。

しかしそれはあっさりと彼の持つ剣で薙ぎ払われる。



「狙いが甘い。この程度で私を止められるとでも思っているのか? 大口を叩いた割には、大した事はないな」

「うるっせーわ。そう言うテメェこそ、こんな軍学校も通ってねェようなヒヨッコ相手に動きが鈍いンじゃねーの? さっきから物壊してばっかでちっとも当たンねーぞ」



売り言葉に買い言葉とはこの事か。ヴァンのどこか挑発的な物良いに負けじとグレイは返す。それと同時に、内心舌を打っていた。



(チッ、この野郎………おちょくりやがって)



彼は明らかに本気を出してはいない。それは流石にグレイ自身も気付いていた。初めに奴に加勢しようとしたリグレットに手出しを禁じかと思えば、まるでこちらの実力を測るかのような動きを見せている。そして、こちらが相手を倒すつもりで戦っていない事にもまた、奴は気が付いているのだろう。

そんなグレイの心境を察しているのか、ヴァンはフッと笑った。



「そう減らず口ばかりでは私を倒すどころか、足止めにすらならん。お望みならば、今直ぐにでもこの剣で貴様を貫いても良いのだぞ?」

「ハッ、わかっててこの”おままごと”に付き合ってくれてるってかァ?」



挑発だと言うのはわかっている。この程度の事など、普段からレジウィーダとも散々言い合っているのだから、今更乗る程の事ではない。

だがしかし、



「あーあー面倒臭ェ。明らかに自分より強い相手に喧嘩売るのもキャラじゃねーし、わかり切った挑発に乗るのも、長い時間待つのも……全部が面倒臭ェ───けどな」



どうせ時間はまだまだかかるのだ。どうしても乗って欲しいと言うのなら、少しだけ付き合うのも悪くはないだろう。



「散々馬鹿にしてくれた分、殴られてもらうくらいはしてもらわねーとなァ!!」



左手のナイフを仕舞い、上着の裏から小さなボールのような物を複数個取り出し、ヴァンの近くに投げ込む。地面に着弾したそれは直ぐに小さな破裂音と共に辺りに煙幕を発生させた。



「む…………っ」



アストン達が仕掛けたような催眠効果はないが、相手の視界を遮る分には十分だ。

グレイは次に苦内をヴァンに目掛けて投げる。それも一本ではなく、何本も何本も。しかしその程度でやられる相手ではない。軌道も気配もわかり切っている為か、それらも簡単にいなされる。弾かれた一本は地面に刺さり、また別の一本は近くの柱に、倉庫の壁に、屋根に……と、あちらこちらへと散っていく。

苦内の猛攻が止むと同時に煙幕も潮風によって晴らされ、グレイは次なる攻撃に移る為屋根から飛び降りた。

今度は腰につけているホルスターから青色に輝く宝石のような物を取り出すと、譜業銃にある窪みへと着けた。遠くから見ていたリグレットは、その石が何であるかを直ぐに理解した。



「あれは、アクアマリン……?」



地球にも存在する名前の宝石。この世界にもいくつか存在している。地球では着飾る為の装飾品でしかないが、この世界ではそれ以外の効果がある。

グレイは再び譜業銃をヴァンに向けて放った。



「アクアスパイラル!!」



その名の通り、まるで水が渦を巻き、小さな竜とも言える形を成し、一気に放たれる。ヴァンは直ぐにそれを避けようとし、それから己の体が何かに引っかかった事に気がついた。

そして水流を纏った音素弾は無慈悲にも、無防備になっているヴァンへと命中する。



「閣下!」



リグレットの悲鳴にも近い声が聞こえる。しかしグレイは構わず、小さく詠唱を始めた。



「慈悲深き氷霊にて、清冽なる棺に眠れ───」



ヴァンは倒れる事はなかった。全身に浴びた水気を払うように頭を振る。───そして気が付いた。彼の周りに先程の技の水滴が浮かんでいる……いや、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた何かに滴る水に。

そして、詠唱は完了する。



「フリジットコフィン!!」



辺りに散りばめられていた水滴は瞬く間に凍り付き、一斉にヴァンへと襲い掛かる。無数とも言えるそれらはヴァンの全身を覆い尽くさんと突き刺さり、それはまるで氷の棺のようだ。そして最後に一際大きな氷塊を発生させ、一気に突き落とす。

大きな破壊音と、辺りに立ち込める冷気により再び視界は閉ざされる。視界の端にいる彼の副官の動きに気をつけつつも、渦中の人物への警戒は解かない。グレイは手早くアクアマリンを取り外すと譜業銃を構える。

やがて視界は明け始め、視線の先にいる人物の様子に舌打ちをした。



「チッ…………チートかよ」



ヴァンは、過去に仲間の一人によって何度も見た事があり、時により自分達の窮地を救ってくれていた事もある障壁に覆われていた。最初の水流弾はともかく、次の譜術が当たる直前に展開したのだろう。ユリアからの祝福【フォースフィールド】は彼に傷一つ与えた様子はなかった。
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