A requiem to give to you
- 決意の時(4/6) -




ルークは窓から飛び出すと、亜麻色の髪を揺らすその人物へと駆け出し名を叫んだ。



「ティア!」

「ルーク? 目が覚めたのね」



振り返ったティアは最後に見た時とは変わらず静かで、感情を抑えたような顔をしてた。

……ずっと、この表情の下ではいつも何を沢山耐えてきたのだろうか。兄の策謀を知り、それ止める為に殺す覚悟まで決めていた。その感情はルークには計り知れない。

ルークは息を整えてから、辺りを見渡した。



「ここは、花畑?」

「セレニアの花よ。魔界で育つのは、夜に咲くこの花くらいなの」

「そう、なんだ」



ええ、とティアは頷いた。



「ここは外殻大地が天を覆っているから、殆ど陽が差し込まないのよ………ところで」



そう言ってティアは不思議そうに首を傾げながらルークを見た。



「なんだか酷く慌てていたみたいだけど、どうしたの?」



その言葉にルークはハッとして彼女に詰め寄った。



「そうだ! ティア、俺今すぐに外殻大地へ戻りたいんだ!」

「いずれは戻るわ。でも今は……」

「今じゃなきゃ駄目なんだ! このままだと、セントビナーが崩落する……アッシュがそう言ってたんだ!」

「どう言うこと?」



だって貴方は今まで眠っていたじゃない。

ティアの疑問は尤もだったが、ルークはアッシュのレプリカだ。それは紛れもない事実で、認めざるを得ない事だが、ルークにとってこれ以上の理由はなかった。



「わかるんだよ。俺は……あいつのレプリカだから、繋がっているだ」

「たとえ、それが真実だとしても……セントビナーの崩落はどうやって防ぐつもりなの?」



ティアは至って冷静にそう問うた。それにルークはとにかく知らせなければと言うことしか考えていなかったことに言葉を詰まらせると、それを見透かしたように彼女は首を振った。



「貴方、ちっともわかってないわ。人の言葉ばかりに左右されて、何が起きているのか自分で理解しようともしないで……それじゃあ、アクゼリュスの時と同じよ」

「! ……はは、ほんとだな。ヴァン師匠が言ったから、アッシュが言ったからって……そんな事ばっか言って。これじゃあ、皆が呆れて俺を見捨てるのも当然だ」



自嘲しながらのその言葉に、ティアは驚きの表情を浮かべた。



「知っていたの? 皆が外殻へ戻ったって事」

「さっきも言ったろ? 俺とアッシュは繋がっているんだ。あいつを通じて、色々と見てきたよ」



自身の誘拐に手を貸していた者の顔も、ジェイドがフォミクリーの発案者だって事も。アッシュを通じて見聞きした事は間違いなく現実だった。それを理解すると言うことは、紛れもなく自分がアッシュのレプリカだと……紛い物の人間であるのを認めると言うことでもあった。

ルークは一度息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。



「俺、今まで自分の事しか見えてなかった……いや、自分の事も見えてなかったのかも」



アッシュを通じて世界や皆を見て、自分のしでかした事や、自身がどう思われているのかを知った。このままでは、いけないと言うことも。



「ティア……俺、変わりたいんだ。変わらなきゃいけない!」

「貴方が変わった所で、アクゼリュスの人たちの故郷は戻らないわ。散り散りに砕けて、消えてしまった。その人達の無念も想いも、全部背負っていかなければならない。それでも貴方は、変わろうと思うの?」

「アクゼリュスのこと、謝って済むのならいくらでもするよ。俺が死んで、それでアクゼリュスが復活するのなら……ちっと怖いけど、死ぬ」



そう言うと、ティアの瞳に嫌悪の感情が浮かぶのを感じた。それに彼女が口を開くよりも先に、ルークは続ける。



「でも、現実はそうじゃない。償おうったって、償いきれねえし」



だからさ、とルークは真っ直ぐに彼女を見た。



「俺、自分で出来る事から始める。それが何かはわかんねぇけど、でも本気で思ってるんだ」

「やっぱりわかっていないと思うわ。簡単に死ぬなんて言えるんだから」

「直ぐに信じてくれなんて言わない。行動で示すしかないもんな」



ルークはそう言って一度目を閉じ、それからゆっくりと開くと再びティアを向いて言った。



「ティア、確かナイフ持ってたよな?」

「え、ええ……」



彼女が頷くのを確認すると、ルークは「ちょっと貸してくれ」と言った。それにティアは訝しげにしながらも、ルークに護身用のナイフを手渡した。

ルークはそれを左手で受け取ると、空いた右手で自身の長い赤髪を掴み、根元に刃を当てた。



「ルーク!?」



ティアが慌てたような声を上げるが、ルークは構わずにナイフを持つ手に力を入れ、その長髪を切り離した。



「これで、今までの俺とは………さよならだ」



持っていた髪はどこからか吹く風と共に流れ、まるで火の粉のように舞うと先の方から静かに消えていく。



「こんなこと、何の証明にもならない事はわかってる。くだらない事だよな。でも、今の俺にはこんな事しか出来ない」



だから、見ていて欲しい。



「直ぐには上手くいかないかも知れない。間違えるかも知れない。でも、俺……変わるから!」

「………そんな大役、私で良いの?」



ルークを常に案じ、守ってきた者達もいる。一度は離れてしまったが、なんだかんだと心配してくれる幼馴染だって。だけどルークには彼女であって欲しかった。

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