A requiem to give to you
- 取り戻した音(8/10) -



そんな彼女に、イオンが問うた。



「では、バチカルへ?」



ええ、とナタリアは頷く。



「王女として……いいえ、キムラスカの人間として出来るだけの事をやりますわ」

「そうこなくっちゃな!」



ガイが笑みを浮かべながらウインクをする。次いでジェイドが一枚の書簡を取り出した。



「そう言ってくれると思って、今までの経緯をインゴベルト陛下宛の書状にしておきました。外殻大地の問題と一緒にね」

「おーさっすがジェイド君、仕事がはやーい♪」



レジウィーダの言葉にルーク達もうんうんと頷く。確かに口で説明するだけでは、この問題はあまりにも複雑且つ情報が膨大だ。要点をまとめて必要な事だけを説明し、あとはそれぞれで内容を見てもらうようにすれば余計な時間も削減できる。

それにジェイドの言う《外殻大地の問題》とあるように、障気に関してはキムラスカとマルクトだけではなく、各国の研究者達やユリアシティの協力も不可欠である。

ナタリアは改めて皆を見ると、両手に力を入れて言った。



「行きましょう───バチカルへ。必ずお父様を説得してみせますわ!」



それからルーク達はノエルに声を掛け、アルビオールに乗り直ぐにバチカルへと向かった。

コソコソと隠れたりなんてしない。堂々と城下町を抜け、幾つもの昇降機を乗り継いで城の前へと来た。いつの間にか、後ろからはナタリアの帰国を喜び、そして心配をした住民達も集まってきている。

まるで革命でも起こすかのような。そんな状態だった為か、城門を守る兵士達はギョッとして体を震わせた後、戸惑いながらも手に持つ槍をこちらへと向けた。



「ナ、ナタリア殿下……! まさかお戻りになるとは………貴女には逮捕状が出ています。大人しく───」

「待ちなさい」



兵士の言葉を止めたのはイオンだった。

凛としたその声に兵士が彼を見ると、イオンはアニスを伴い兵士の前へと出た。



「私はローレライ教団導師イオン。インゴベルト六世陛下に謁見を申し入れる」

「し、しかし……」

「私の連れの者は、等しく私の友人であり、ダアトがその身柄を保証する方々。無礼な振る舞いをすれば、ダアトはキムラスカに対し、今後一切の預言を詠まないでしょう」



その言葉に兵士達だけでなく、後ろにいた住民達からも動揺が広がる。この世界の人々にとって預言は人生の指針だ。それを失う事の重大さがわからないわけがない。

兵士達は顔を見合わせると、やがてその身を引き彼らに道を開けた。

それを見てイオンはルーク達を振り返った。



「行きましょう。まずは国王を戦乱へと唆す者達に、厳しい処分を与えなけらば」



仲間達は頷き、それからインゴベルトの所在を兵士に聞くと、彼は現在自室にいると言う。

広い廊下を渡り、限られた者だけが行く事の出来る場所へと進む。二階へと上がった先にある一際豪華な扉をナタリアが勢い良く開くと、その先にいたインゴベルトは驚愕に目を見開いた。



「ナタリア!?」



ガタン、と音を立てて座っていた椅子を倒し立ち上がる。そんな彼の側には、もう一人いた。



「な、何故ここに!? 兵士達は何を……」



テーブルを挟んだ向かい側にいたのは大臣であるアルバインだった。今にも外の兵を呼びそうな彼の言葉を遮るように、ルークが声を張った。



「叔父上! ここに兵は必要ない筈です! ナタリアはあなたの娘だ!!」

「わ、私の娘はとうに死んだ……」

「違う!」



ルークは全力で彼の言葉を否定し、訴えかける。



「ここにいるナタリアが、あなたの娘だ! 十七年の記憶がそう言っている筈です!」



その言葉にインゴベルトは息を呑む。



「記憶……」

「突然、誰かに本当の娘じゃないって言われても、それまでの記憶は変わらない。親子の思い出は二人だけのものだ」



そうでしょう?

ルークが問う。インゴベルトは拳を震わせて唸ると、苦しげに言葉を吐き出した。



「……そんな事はわかってはいるのだ!」

「だったら!」

「良いのです、ルーク」



更に言葉を募ろうとするルークをナタリアが静かに止める。そして己の父を真っ直ぐと見た。



「お父様………いえ、陛下。わたくしを罪人と仰るのならそれでも良いでしょう。ですが、どうかこれ以上マルクトと争うのはおやめ下さい」

「インゴベルト王」



イオンも前に出て続ける。



「あなた方が、どのような思惑でアクゼリュスに使者を送ったのかは僕は聞きません。知りたくもない。……ですが僕は、ピオニー九世陛下から和平の使者を任されました。僕に対する信を、あなた方の為に損なうつもりはありません」



静かに、しかしそこには確かな怒りが感じ取れる。そんな彼の重い言葉にインゴベルトは反論も出来ずにいた。

そして様子を見ていたジェイドも頃合いを見て口を開いた。



「こう、若い者に畳み掛けられてはご自身の矜持が許さないでしょう。後日、改めて陛下の御意志を伺いたく思います」

「ジェイド! 兵を伏せられたらどうするんだ!」



ガイが指摘するが、ジェイドは動じる事なく小さく笑った。



「その時は、この街の市民が陛下の敵になるだけですよ。先だっての処刑騒ぎのようにね」



しかもここには導師であるイオンだっている。彼がルークやナタリア達をダアトの保護下として宣言している以上、下手に手を出せない。それに大詠師モースがいたとしても、万が一にでも最高指導者の命が失われることがあれば、ダアトだってどう動くかなんて、長年国政を担ってきている者がわからないわけがない。



「私を脅すか、《死霊使いジェイド》」



インゴベルトは静かに問う。それにジェイドは変わらぬ笑みを浮かべて返す。
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