A requiem to give to you
- 決意の時(2/6) -



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「ここがワイヨン鏡窟か。随分と放置されてるみたいだけど、ここで研究をしていたのか?」



ガイをダアト港へと送り届け、その足でヒース達はワイヨン鏡窟へと来ていた。

中は魔物の巣窟となっており、一行はイオンを守りながら魔物を蹴散らし最奥へとやってきた。そこには何やら大きな譜業やら魔物が入れられた檻が置かれている。

そんなヒースの言葉にジェイドが頷いた。



「そのようですね」

「演算機はまだ生きているな」



何やら譜業を弄っていたアッシュの言葉にジェイドも近くに寄って起動し、表示された画面に目をやった。



「フォミクリーの効果範囲についての研究ですね。……ふむ、データ収集範囲を広げることで、随分巨大なレプリカを作ろうとしていたようです」

「大きなものって、家とかですか?」



アニスがそう言うと、ジェイドは首を横に振った。



「もっと大きな物ですよ。私が研究に携わっていた頃も、理論上は小さな島程度ならレプリカも作れましたから」

「島って……」



規模が規格外すぎる。想像を遥かに超える大きさにヒースを始め、質問をしたアニス達も言葉を失っていた。

その時、アッシュが驚きの声を上げた。



「なんだこいつは!?」

「どうしたのですか、アッシュ?」



心配げに問いかけるナタリアに見ろ、と言ってアッシュは画面の前へと一同を促した。



「ヴァン達が研究中のレプリカの最大作成範囲だ! 約3000平方キロメートル……このオールドラントの地表の十分の一はある!」

「そ、そんな大きな物、レプリカを作っても置き場がありませんわ!」



小さな島なんて物ではない。あまりに巨大な数字。それこそ、海にでも浮かべるつもりなのだろうか。

ヒースがそう思案していると、難しい顔をしたジェイドが口を開いた。



「採取保存したレプリカ情報の一覧もあります。これは………マルクト軍で廃棄した筈のデータだ」

「ディストが持ち出したのものか?」

「そうですよ。そこのバルフォア博士が彼に採取させたそうですね」

『!!?』



アッシュの問いに答えたのはこの場にはいない筈の人物の声だった。



「フィーナさん!?」



ヒースが声を上げて向いた先には、アクゼリュス以来になる元ファブレ家の使用人であるフィーナ、否……シルフィナーレだった。

シルフィナーレは全員が警戒して武器に手を当てるのも気にせず、ゆったりとした足取りで譜業装置の前に来ると、操作板に触れた。それを見てジェイドがすかさず彼女を止めようとしたが、



「別にこの情報を貴方達が持っていても構いませんよ」



そう言って何かのボタンを押し、譜業から出てきた何枚もの資料の束を彼に押し付けた。伸ばしかけていた手で思わずそれを受け取ったジェイドは意図の読めない彼女の行動に警戒を緩めず距離を取った。そんなジェイドの行動に満足げに笑うと、シルフィナーレは鼻歌でも歌い出しそうな軽い動作で再び譜業に向き直ると、カタカタとキーボードと思わしき場所を叩き始めた。

そんな彼女の背にヒースは意を決して問いかけた。



「フィーナさん。もう、ファブレ邸には戻らないんですか?」

「名残惜しいですが、他にやりたい事が見つかったので」

「……それはヴァン謡将に協力する事ですか?」

「結果的にはそうなりますが、あくまでもついでになりますね。あの人のやりたい事自体には興味がありません」

「なら、貴女の目的は………………異世界の者に関係がある事ですか?」



その問いを最後にシルフィナーレの指がピタリと止まる。次いで譜業からピーとエラー音のような音が響き、シルフィナーレは「あ」と声を漏らした。



「あらやだ。間違えて全部消してしまったわ」

「は? ああ!?」



異変に気づいたアッシュが慌てて画面を見ると、先程まで連なっていたリストがまっさらになっていた。



「て、てめぇ……なんて事しやがる!!」

「本当は一つだけのつもりだったんですが……まぁ、不可抗力ですわ♪」



アッシュの怒号も物ともせず、あっけらかんとシルフィナーレは宣う。その姿はファブレ邸にいた時とまるで変わらず、ヒースだけでなく、彼女との付き合いが長いナタリアまでもが、彼女が裏切った事が夢だったのではないかと錯覚させられそうになるのを感じていた。



「でも、この情報は復元されても困ってしまうのでこのまま放置するとして……ヒースさんの質問の答えですが、75点と言ったところですね」



パチン、と譜業の電源を落とすとシルフィナーレはヒースを振り返ってそう言った。



「異世界の者に関係があると言う事は間違いはありません……が、別に私はヒースさんやタリスさんをどうこうしようと思ってはいません」



貴方達は私にとっても良いご友人でしたから、と彼女は言う。その表情は決して嘘を言っている感じはしなかった。

しかしシルフィナーレは途端に怪しく笑い、言葉を続けた。



「私の目的は、『失った時を取り戻す』事。ただそれだけです。その為には……………レジウィーダと、そのレプリカであるフィリアムの力が必要なのです」



だからヴァン様の計画の過程であの子が死んでくれると凄く楽なんですよね。

まるで世間話をするように吐き出されたその言葉にヒースが怒りを覚えるより先に、ジェイドが驚愕の声を上げた。

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