A requiem to give to you
- 取り戻した音(7/10) -



「そう言う意味だったら、私では駄目よ」

「どうして?」



そう問われ、タリスは一度目を伏せると、少しだけ悲しげに笑った。



「私では、彼の望む事をしてあげられないから」



ルークに自覚があるのかはわからないが、自分へ向けられている感情に気がつかない程、タリスは鈍くはない。

それに自分では彼に音素の使い方を教えることも、剣の稽古をつける事だって出来やしないのだ。使用人として側に仕えるのだって、ずっとではない。そう遠くはない未来にお別れの時は来る。それを考えると、彼に対してなかなか厳しい事も言えないのだ。

彼の本質を知ろうとして、厳しいながらも見守ってくれて。そして何より、ルークがルークらしく自分を出して対等に言い合える……それこそ、どこかの二人のような、そんな関係であれる存在が側にいる方がずっと良い。



(押し付け、と言うと聞こえは悪いけど……でも、)



実際のところ、ティアは望んで彼の側にいてくれている。それがどう言った感情を持つのかはまだわからないが、遠からずにそれはちゃんと形になるような気がするのだ。

だから、スニーキングはともかくとしても、やはりここは彼女に追いかけて行って欲しいと思う。



「ティア、行ってあげてくれないかしら?」

「………わかったわ」



暫くこちらを見つめた後、ティアはやがてしっかりと頷いた。それから直ぐにナイフをホルダーにセットし、杖を手に取ると二人を見失わないよう足速に部屋を出ていった。



「……お願いね」



ティアの背を見送り、それからタリスは未だに夢の中にいる二人に目をやった。

タリスの直ぐ隣はレジウィーダのベッドがあり、その奥にはアニスが眠っている。二人とも先程の会話や動き程度では起きる気配ないようだ。



(まぁ、昨日は何だかんだでかなりの大移動だったものねぇ)



疲れるのは当然だろう。そんな事を思っているとレジウィーダが寝返りを打つ。それによって毛布がずれるのに苦笑を漏らしながらそっとそれを直してあげる。

そしてふと、昼間の事を思い出した。

レジウィーダが自鳴琴を流し始めて暫く、流れてきたのは聞いたこともないメロディ。しかし未来がまだいた頃、彼が曲作りに興味を持っていた事は知っていた。何度かデモも聴かせてもらった事もあるが、その時の雰囲気ともどこか似ていて、作者の特徴が出ているのだろう。

だから曲を聴いた時、凄く彼らしくて、懐かしいと思った。



(オルゴール調だからあれだけど、ちゃんと楽器で演奏したら………きっともっとあの曲の世界観を鮮明に表現が出来るのかも知れないわねぇ)



彼への記憶がないレジウィーダの曲に対する反応はどうだ、と振り向いた時の彼女の表情は忘れられそうにない。

















嬉しさと、悲しみがない混ぜになったような、しかしそこに秘める愛しさを知り、目が覚めたような、あの瞳の輝きを。

思い出した事を、彼女は喜んでいるのだろうか。タリスの知るあの兄妹は、決して仲の悪いようには見えなかった。

異母兄弟ゆえか、況してや未来自身も実母を亡くしたばかりだったのもあり、初めは流石に隔たりはあったようだが、それでも時間が経てば経つほどに、普通の兄妹と変わらぬ関係を築いていたように思える。

だからこそ、それ故にわからないこともある。



『わたしが、消しちゃった』



消した。この意味についてはいくら考えても答えは出ない。



(今なら、答えてくれるのかしら?)



未来がいなくなった直後は、タリス自身もレジウィーダに対して大分酷い事を言ってしまった自覚はある。恐らくだが、その事も思い出しているだろう。

そう思うと、やはり難しいのだろうか。



(と、言うか………それだけじゃないわよね)



そもそも、今のこの状況自体がかなり酷い事をしているのだから。

今回は兄についてだけだったようだが、この様子ではいずれは全て思い出すだろう。



「…………決断の時は、近いのかも知れないわねぇ」



レジウィーダは自分のせいで誰かが悲しむのは見たくない、と言っていた。その言葉を聞いた時、とても胸が締め付けられるような気がした。

タリスはもう一度静かに寝息を立てる幼馴染みを見た。



(私だって、私の我儘であなた達に傷付いては欲しくはないわ)



ならばどうするべきかは、わかってはいる。けど、決断するには……足りない。覚悟も、周りの気持ちも。

けど、



(皆が進もうとしているのに、いつまでも立ち止まってはいられないわね)



良いか悪いかはともかく、平行線を続けるのは実に自分らしくもない。このままではまたヒースに怒られるか、ルークに文句でも言われてしまうだろう。



(今はやるべき事をやって、それらが片付いたら………私も動こう)



そう、小さく決意をすると立ち上がる。それから一度時計を確認すると、その内帰ってくるであろう者達の為のお茶を用意しに立ち上がった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







夜が明け、ルーク達は朝からナタリアに呼ばれて宿屋の前に集まった。

どうやら答えが出たらしく、面々に緊張する様子が見られるが、しかしそれはここに呼んだ本人の表情を見て霧散した。



「わたくし、気弱でしたわね」



ごめんなさい、と続けたナタリア。しかしその目は決して沈んではおらず、本来の彼女らしい強い意志が感じ取れた。
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