A requiem to give to you
- 取り戻した音(6/10) -



「ねぇ、レジウィーダもそう思……………」



こちらを振り向いたタリスはそう言いかけて不自然に言葉を止めた。それに不思議に思ったトゥナロもレジウィーダを見て、目を丸くした。



「お前………どうした?」

「え?」



言われてレジウィーダは首を傾げる。別に泣いている訳ではない。悲しいわけでも、だからと言って楽しい、という訳でもないのだが。二人の反応がよくわからずに困っていると、何かがレジウィーダの頭の上に乗せられた。

不思議に思って視線を追うと、それはグレイの手だった。



「良かったな」



ポンポン、と普段とは違い、どこか優しい手つきで軽く頭を叩いた後、グレイは静かにその場を離れて行った。

一瞬意味がわからなかったが、直ぐにレジウィーダはハッとすると「そうか」と呟いた。



「あたしが思い出したって事は、アイツもそうなのか……」

「思い出したって、まさか………」



タリスが驚いたように、恐る恐る問いかける。それにレジウィーダは小さく頷いた。



「全部じゃないみたいだけど………兄貴に関することなら、どうやら思い出したっぽい」



そう言うと、タリスは様々な感情が混じり合った、何とも言えない表情となった。彼女がそう言う顔をする理由が何となくわかり、レジウィーダは苦笑した。



「タリス、そんなに不安にならないで。思い出したって言ってもまだ一部だし、それで何かが変わることはないからさ」

「別に、そう言う訳じゃ……」



そう言いかける彼女に、レジウィーダは緩く首を振った。



「今度は、誰の幸せも奪わせないからさ。だって………あたしは、皆を笑顔にする為にいるんだから」

「……………」

「もう、あたしのせいで誰かを悲しませるのは………たくさんなんだ」

「レジウィーダ……………そうね。私も、そう思うわ。大切な人達が悲しむ姿は、見たくはないもの」



タリスはこちらをじっと見つめた後、小さく頷いた。それからレジウィーダの両手を取ると、自分の胸に寄せた。



「だからこそ、今一度約束して欲しいわ。……どんな結末になっても、決して消えようとは思わないで」



いつしかと同じ言葉。あの時は決して交わす事が出来なかった約束。

相変わらず自信はない。けれど、あの時よりは……今なら少しだけ、この手を取っても良いかも知れない、とも思う。

頷く事は出来ないけれど、そうでありたいな………と、そんな一縷の望みを乗せて、その手を握り返した。



「…………あいつマジかよ」



そんな二人のやり取りを背に、トゥナロは一人先にこの場を去った人物のあまりに予想外の行動に呆然と言葉を吐き出していた。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







その夜、イエモン達の好意で取ってもらった宿屋に泊まった。結局、ナタリアからの答えを聞くことはなく、タリス達もまた彼女を急かす事なくいつも通りに接した。

どの道、イエモン達が全ての作業を終えるまでまだまだ日数がかかる。それまでにバチカルに行ってインゴベルトを説得し、マルクトとの和平を結ぶと言うのなら、決断は早い方が良いが、首根っこ引っ張って明日にでも行くような強行をするほど余裕がない訳でもない。

そして夜も更け、既に全員が床について眠っているであろう時間。



「………?」



タリスはふと、何かが動く気配を感じて静かに目を覚ました。不思議に思い頭を上げた時には部屋の扉が閉まる音が微かに聞こえ、どうやら仲間の誰かが外へと出たらしい。



(一体誰が……?)



タリスは体を起こすと、他の人の眠っているであろうベッドに目を向ける。そこそこ大きなこの部屋は六人部屋の為、女性陣だけで使うには一つだけベッドが余る。タリスの視線の先には、未使用の物とは別に人が抜け出した後の残るベッドが一つ。そこにはナタリアが誰よりも先に眠りについていた筈だ。



「………ナタリア、迷っているみたいね」



と、自分以外のそんな声が聞こえた。



「ティア、起きていたの?」

「……職業柄、どうしても人の気配には機敏になってしまうのよ」



問い掛ければ、そう返しながらティアが起き上がる。



「それより、追いかけるべきなのかしら」

「そうねぇ」



正直な所、完全に安心出来る場所と言うのは存在しない。況してや自分達は追われている身でもある。それを考えると、彼女を一人にして置くのは些か不安である。

取り敢えずどちらか一人はついて行こうかと話していると、ティアが窓の外を見てあ、と声を上げた。



「あれは、ルーク?」



ティアに倣ってそちらを見れば、ルークがこっそり隠れながらナタリアの後をついて行っている姿が目に入った。一度バレそうになったようで、ナタリアが振り向くと表情を強張らせながら息を顰める様にタリスは苦笑し、ティアは呆れたような溜め息を吐いた。



「全く、追いかけるにしてももう少しないのかしら……」

「ふふ、ルークなりに心配をしているのよ。それに」



気になるのなら、ティアが行ってスニーキングを教えてあげてはどう?

悪戯に笑いながらそう言えば、ティアは「何を言ってるのよ」と突っ込んだ。



「あら、案外悪い提案でもないわよ」

「?」

「だって、気になるんでしょう? ナタリアも、それにルークの事も」

「それは、そうだけど。けど、私が行くよりも、タリスが着いて行ってあげた方が良いんじゃないのかしら?」



使用人だし、何よりも自分よりも長い付き合いだからその方が二人にとっても良いのではないか……と、そんな事を言いたいのだろう。

しかしタリスは首を横に振った。
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