A requiem to give to you
- 取り戻した音(5/10) -



……………



……………

















……………………………。



場面が変わり、次々と、この人との情景が流れ込んでくる。

出会いがあって、たくさんの悩み、葛藤があって………時に喧嘩もしちゃったりして。

この人たちに出会うまでは考えられなかった日常。最初はそんなに乗り気じゃなかった。寧ろ、何でこの人の為にこの地まで来なければいけなかったんだって不満すらあった。

どうせ相手だって、こちらを恨んでいるのだろうと思っていたから。この人から、家族との大切な時間を奪っていたあたしと、あたしの母を。

だって、本来は………この人は自分の母と、そして父と共に幸せな未来を歩む筈だったのだから。二人からの愛情を惜しみなく受け、笑顔で、幸せな……そんな暖かい時間を過ごす筈だったんだ。

それを、実験と称してあたしが生まれた事で、全てが崩れ去った。

別に不貞行為ではない。父の純粋な探究心と好奇心。そして夢を叶える為の過程として、行った実験に過ぎない。だけど、人一人の存在と言うのは、世間から見ればそう思われても不思議ではない。この人の母もそうだった。

彼の母は、父の行いにショックを受け、けれどいつかまた戻ってくる事を信じて……信じ続けて、その願いは叶う事なく、あっさりとこの世を去ってしまった。

一人になった息子が不憫で、愛する人の元に戻ってあげられなかった事を後悔した父は、あたしとあたしの母をこの人の元へと送った。

勿論、良い顔なんてされなかった。当たり前だよね。この時ばかりは、流石にあたしも父に何考えてるんだと思ったもん。

だけどあたしの母は、彼に対してどこか罪悪感があったのか、この人を本当の息子のように大切に扱った。どんなに嫌われても、認められなくても、それでもその姿勢は、彼がいなくなるまでずっと崩す事なく続けていた。



あたしは………どうだろうか。

この人に対して、どんな感情を抱いていた?

最初は正直興味がなさすぎて覚えていない。後に芽生えた感情で覚えているものとしては確か、嫉妬……だったのかも知れない。あたしは、父とこの人と、この人の母の為に生かされているのだと考えたら、役に立てる嬉しさの中に、そんな小さなマイナス感情もあったのだと思う。

でも、別にそれをこの人に言ったりするつもりもなかった。どうせやる事終えたら関係なくなるのだから、と。胸の奥底にそっとしまい続ける筈だったのだから。



でもまさか、それがあんな風に露呈させられるとは思わなかったけどね。



『あなたの本当の思いを今ここでお兄さんにぶつけてみませんか?』



壊しなさい、と突然現れた人にそう続けられた言葉を聞いた時には、まるで今まで我慢してきた物を一気に解放されたような、ドス黒い気持ちで一杯になった。



何でわたしなんだ。

わたしは大人になれない。未来を生きる事が出来ないんだ。

だって役目を果たせば、その存在自体がなかったことにされる。

皆との思い出も、なかったことになる。

この人は、父から本当の家族として大切にされている。

けれどわたしは? わたしは、一体何なんだ?

試験管で宿った命で、形だけは母から生まれたわたしは、父にとって………遺伝子の一部をもらっただけの何かで、あの人にとって『娘』と言うカテゴリーにすら入れない。

この人は、家族であれるのに……わたしは…………───



それからは自分でも何が起こったかなんてよくわからない。

ただ理解出来たのは、この人を己の手にいつの間にか握られたナイフで深々と刺していた、と言う事だろう。

その後もまた記憶が混濁していて、あたしの目の前には誰もいなくなった。消えてしまえ、と願ったのだけは覚えている。そしたら、本当に何も残らなかった……己が刺した、兄でさえも。

だけどその存在そのものが消えたわけじゃなかったから、あの後は幼馴染みからは色々と言われたな。



『どうしてあの人だけがいなくなってしまったの……貴女は何をしていたのよ!! 何で、貴女だけが残っているの!』



特に印象に残ったのは、この言葉だったと思う。彼女にとって、兄はとても大切な人だったから。

またあたしは、誰かの幸せを奪ってしまったんだなって…………何だか悲しくなった。

父の夢を叶えて、皆を幸せにする為に生まれたのに、わたしは一体何をしているんだろうって、思った。

兄は消えた。あたしが消した。けれど何もスッキリなんてしなくって。だからと言って父が夢を諦めた訳でもなかったし、寧ろ余計に没頭するようになってしまった。それにあたし自身も、あの時はとにかく虚しさだけが残って、何もかもが辛かった。



最初は確かに小さな嫉妬からだった。いつの間にか、色々と考える中で小さな恨みが溜まっていった。

だけど、本当は……それだけじゃなかったって、今なら思える。



(あたしにとって、あの人は……………お兄ちゃんは───)



──
───
────



「優しい音色ねぇ」



タリスのそんなどこか嬉しそうで、懐かしむような声が聞こえる。



「すごく、あの人らしいわ」



(あたしも、そう思う)



全部ではないけれど、何だがモヤが晴れたかのような、そんな気分だ。

全てが全て、気持ちのいいモノではない。中には辛いモノもたくさんある。だけど、今までのまるで映像を見てきたかのような感覚とは違い、それは確かに自分の物だ、と自覚が出来る。
/
<< Back
- ナノ -