A requiem to give to you
- 取り戻した音(4/10) -



「覚えってか知らねーけど、前にお前が怒って投げつけてきたンだよ」

「え、マジ?」



グレイの言葉にレジウィーダは目を瞬かせながら首を傾げた。そんな彼女にグレイは溜め息を吐いた。



「逆に聞くけどお前、今までずっとなかった事に気がついてなかったのか?」



そう問われると、レジウィーダは途端に明後日の方向を見て空笑いをした。



「あはは……そうだったかな?」

「大切な物の扱い方よ」



ボソリと突っ込むトゥナロに「それは言わないお約束だよ」と返す。それからお礼を言いつつグレイから箱を受け取ろうと手を伸ばすと、彼は箱をヒョイと上に上げた。



「ちょっと。返してくれるんじゃないのか?」



ムスッとしながらそう言えば、グレイは一度考える素振りを見せた後、「その前によ」と口を開いた。



「先に断っておくが………」

「?」

「お前が投げてきた後、優しいオレはちゃんと壊れてないか確認してあげたンだ」



何だか余計な言葉がついていたような気がするが、取り敢えず先を促す。



「ンで、その時に気付いたんだけど、コレさ。元々壊れてたっぽいな」

「え、そうなのか? 全然気付かなかった」

「元の曲が歪むレベルだぞ? つーか、元の曲も覚えてなかったってことか?」

「そんな筈は……」



彼の問いに戸惑いを隠せずにいるレジウィーダに、二人の会話を黙って聞いていたタリスは「曲……?」と呟く。そして直ぐに合点が言ったらしく驚いたように箱を見た。



「もしかしてその箱って、手製の自鳴琴?」

「あ、うん。そうだよ」



レジウィーダは頷く。するとタリスは少しだけ寂しそうな表情をした。



「じゃあ、そこに入っているのは………あの人の曲なのね」

「あの人……」



タリスはこの自鳴琴の、曲の作者を知っているらしい。その反応から、レジウィーダもまたその作者が誰なのかを察した。



「それって、あたしの…………兄、だよね」

「覚えているの?」



その問いには、首を横に振った。



「知らない。でも、存在は知ってる」

「そう………」



レジウィーダの言葉にどこか残念そうに返すタリス。そんな二人を見て、再び何かを考えていたグレイがふと、言った。



「取り敢えず、壊れた箇所は直したから…………聴いてみろよ」



その言葉にレジウィーダは彼を見て、次いでタリスを向いた。



「私も、聴いてみたいわ」



お願い出来るかしら。

そう優しく問われては断る理由もない。レジウィーダは一つ頷くとグレイから今度こそ自鳴琴を受け取り、そしてゆっくりと蓋を開いた。

すると既に薇は巻いてあったらしく、小さな木箱から愛らしい音が流れ始めた。



♪ ──────



   ♪ ────……



 ♪ ──────  ───



優しい、けれどどこか儚い金属の弾く音。レジウィーダが知るのは、今にも消え入りそうな、どこか寂しげな鎮魂歌のようだった。

しかし今はどうだろうか。メロディは殆ど変わらない。しかし擦れていた物が正しく直されたそれは、同じだけど……やはり雰囲気がかなり違うように聞こえる。



(これは…………)



自鳴琴特有の儚さは残るものの、どこか心を支えてくれるような、どんな己でも認めてくれるような………ずっとずっと、輝いていてほしいと願うような、少し言葉にし難くて、気恥ずかしくなるような………そんな、曲だった。

形容するなら、これは賛歌………とでも言うのだろうか。

そんな事を考えていると、ふと脳裏に一つの情景が浮かんでくるのに気がついた。



────
───
──



『これ、俺からのプレゼント!』



目の前の、黒い髪のどこか誰かに似た風貌の少年が自鳴琴を差し出してくる。



『最近、作曲にハマっててさ。何とかそれを形にしたくて……』



今やパソコンやタブレットでいくらでも作成も保存も出来るこの時代に、どうやら自分で作曲から自鳴琴の作成までを行ったらしい。



『今はわからないかも知れない。だけどいつかは、そいつにも穏やかに眠れる日がくれば良いなって思う』



これは二代目。記念すべき最初の作品は既に別の人に渡っているようだ。それに少しだけ、胸が締め付けられるような感じがしたのはきっと気のせい。



『特別な日じゃないけどさ。俺がお前に今、あげたかったんだよ』



なんで、急にそんな事を言うんだよ……。



『これは俺が大切だって思う人にだけあげていこうって思うんだ』











「『大切……あたし(わたし)が?』」



思わず言葉が重なり合う。すると目の前の人は迷いなく頷いた。



『大切だよ。だって、お前は俺のたった一人の妹で、家族だからな』



────。



『俺、お前や義母さんに会えて嬉しかったんだ』



なぁ、知ってるか。



『笑顔ってさ、本当に幸せだって思う時に自然に出てくるものだろ? だから思うんだ。笑顔は……幸せの象徴だって』



笑顔は幸せの象徴。その言葉は、ずっとずっと前からあたしの中にあって、大切にしてきた事。

彼は……目の前にいるこの人は、あたしを笑顔にする為にこのプレゼントをくれている……?

でもおかしい。だって、あたしはいつだって笑顔だよ。皆とたくさん遊んで、いつも一緒にいられて、幸せだよ?



『お前はずっと幸せでいてくれよな』



ずっと、幸せに……。
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