A requiem to give to you
- 取り戻した音(3/10) -



さて、とグレイは再び大きな自鳴琴を見上げた。



(つい心ゆくままに来ちまったが………どうすっかな)



まさかこんな物があるとは思わなかったとは言え、折角来たのだから何もせずに帰るのもの勿体無い。

取り敢えずハンドルを回せば、中にある薇と共に大きな歯車が回り出し、音盤に刻まれた譜を規則的に、これまた中に仕組まれているであろうホイールが弾く。回す速さに合わせて曲の流れる速さも変わり、同じ曲でも何だか違う印象を受ける。

そして回してから気付いたが、この装置。どうやら自動演奏の機能もあるようで、取り敢えずそちらに切り替えてみた。ひとりでに回っているハンドルにその仕組みこそわからないが、グレイは少し考えてから、音盤付近を覗き込む。

音盤から僅かに出ている突起を、中にある爪車と呼ばれるホイールが回転しながら弾いて音を奏でる。グレイが現在預かっているそれとは仕組みこそ違うが、しかし基盤は同じなのだと思う。




(今なら………出来そうな気がする……)

「…………………よし」



何やら小さくそう意気込むと、グレイはポケットから自鳴琴を取り出した。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







レジウィーダはタリス、そしてトゥナロと共に街を見て回っていた。この街限定のスイーツは流石になかったが、暫く振りにのんびりと過ごすことが出来るのもあり、街の人から教えてもらったオススメの店でご飯を食べてお腹も膨れたところだ。



「それにしても」



と、レジウィーダは己の足元を歩くトゥナロを見た。



「その姿になっても、相変わらずの食欲なことで」



そう、旅の間は食糧が限られているのもあって自粛していたのだろう。街に来て、自由に食事をしようと決まった瞬間の彼の目の色が変わったのは直ぐに分かった。レジウィーダは彼が大食らいなのは知っていたが、初見のタリスは流石に目を丸くして、呆然と次々と消えゆく料理を凝視していたのも記憶に新しい。

そんなレジウィーダの言葉にタリスも思い出して苦笑し、当の本人は少しだけ不服そうな声を上げた。



「食い足りないんだから、仕方ないだろ」

「その食欲をアイツにも分けてやりなよ」

「出来る事ならやっとるわ」



トゥナロは何故かこんなにもよく食べるのだが、半身とも言えるグレイの食は昔から細い。食べ盛りの時期でも単純な食べる量ならばレジウィーダやタリスの方があるくらいだ(その癖、身長だけは年の割にあるのだから彼のお隣さんは理不尽だとよく怒っていたが……)



「それにしても、本当によく食べてたわよねぇ。甘い物だって、グレイは駄目なのに貴方は特に気にした様子もないし」



これもローレライの使者になった事に関係があるのかしら、とタリスは首を傾げるも、それに対してトゥナロも「そればかりはわからん」と返した。



「元より、普通ならあり得ない事象が起きてるんだ。何かしらの変化が起きててもおかしくはないだろう。食欲や味覚の変化くらいだったら気にする程の事でもないさ」

「まぁ、そうなんだけどね………ただ、」



レジウィーダは足を止めてもう一度トゥナロを見た。



「本当に、それだけ?」

「何?」



トゥナロは訝しげにレジウィーダを見上げた。



「見た目とか、そう言う目に見える部分がちょっと変化しているくらいなら良いんだ。………でも、そう言う変化だけじゃなくて、もし……何か、とんでもない代償を背負っているんじゃないかって、思う時があるんだよ」

「レジウィーダ……」



タリスはそんな彼女の名前を呟くと、トゥナロを向いて「実際はどうなの?」と問うた。



「代償ねぇ……」



そう一言呟くと黙り込む。そんな彼に二人の心に一抹の不安が過ぎる………が、



「別にこれと言ってねーな」



あっけらかんと返ってきた言葉に、二人は思わずポカンと口を開けて呆ける。次いでタリスは呆れたような表情で腕を組んだ。



「なら、意味深な雰囲気を出さないで直ぐに答えなさいよ」



本当に何かあるんじゃないかって吃驚したじゃない。

そうタリスが言えば、トゥナロも意地悪く「勝手に勘違いした方が悪い」と返す。しかしまぁ、それはそれでご尤もである。



「もう、レジウィーダも何か文句を言ってやりなさいな」

「えー? 別に何もないなら、特に言う事もないかな」



そもそも何か文句があるとすればタリスが言ってくれてるからね、と続けるレジウィーダ。詰まる所、別に文句がないわけではなかったようだ。

そんな時、唐突に三人を呼ぶ声が聞こえてきた。



「お前ら、ここにいたのか」

「あら、グレイ」



タリスがこちらに向かってくるグレイにそう返す。そして彼の手に木の箱が握られているのに気が付く。



「それは?」

「あ、これはな」



そこまで言うとレジウィーダもその箱に気が付き、彼の声に被さるように声を上げた。



「あぁっ、それ!?」

「大声を出すンじゃねーよ」



空いてる方の手で耳を押さえつつ、グレイは箱を差し出した。
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