A requiem to give to you- 這い寄る屍鬼(3/10) -
「それは何ですか?」
「イオン君は気にしなくても良いよ。こっちの世界でのちょっとしたスラングだから」
レジウィーダはイオンにそう言うと、もう一人……グレイを向いた。
「て言うか、二人して何してたの?」
「どこぞの誰かがしょぼくれていつまでも来ないから、待ってるついでにちょっと導師に確認してもらいたい物があったから見てもらってたンだよ」
そう言ってグレイはイオンの持つ資料を指した。一言多いそれに文句を言おうとして、イオンがどことなく悲しげに眉を下げた事に気が付いた。
「イオン君?」
「………グレイに言われてちょっと見せてもらっていたのですが、僕が予想していたよりもかなり酷い状況だったのかも知れません」
それにどう言う事だと再度グレイを見やると、「お前も見てみろよ」と返される。その言葉にイオンから資料を受け取り、取り敢えず流し読みをして…………絶句した。
「………なにこれ」
「何って、そのままの意味だけど」
あっけらかんと答える彼を睨むようにして見上げる。
「アンタ、この事ずっと前から知ってたんじゃないのか?」
それにグレイは答えない。しかしそれは肯定と同義だった。
そんな彼に更に言い募ろうとしたが、先に言葉を発したのはグレイ自身だった。
「それも踏まえた上で、導師とお前に相談がある」
って言うか、
「協力してもらいたい事がある」
そう言った彼の表情は、いつもの揶揄いでも悪ふざけでもなく、まるで懇願するかのような必死さを感じた。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
同時刻、礼拝堂にて。医務室を後にしたルーク達は礼拝堂でこちらに背を向けているガイを見つけた。
正体不明の襲撃者の騒動中、ただ一人立ち尽くし動けなかった彼をタリスが見つけた時、彼は酷く動揺していた。意識はあったが、とてもではないが何かを話せる状態ではなく、元々女性に触れられないことからパメラを運ぶ事が出来ないのもあり、一先ず気持ちを落ち着かせる為にとここへ連れてきていた。その後はパメラの容体が気になり、一度ガイを置いて医務室へと行き、そして再び戻ってきたのだ。
自分達が入ってきた事がわかったのだろう。ガイはいつもの落ち着きを取り戻したようで、苦笑を浮かべながらこちらを振り向いた。
「いきなり悪かったなぁ。パメラさんは?」
「ああ。大丈夫だよ。意識もさっき戻ったし、大きな怪我もないし、後遺症も残らないだろうってさ」
「そうか。……って、全員いるわけじゃないのか?」
ルークの言葉に頷いたガイは、数名の姿が見えないことに首を傾げた。そしてそれにはアニスが答えた。
「レジウィーダはちょっと落ち込んじゃってて、まだママのところにいるよ。イオン様とグレイはレジウィーダを連れてくるから先に行って、て」
「そうか。そう、だよな」
「ガイ……?」
どこか納得したような、彼にルークが問う。それに再びこちらを向いたガイは、苦笑の中にどこか悲しみを帯びたように見えた。
「目の前で誰かが傷付く姿………それも自分を庇っての事ってさ、凄く衝撃が大きいものだよなって、思ったんだよ」
そう言うとガイは次いで「実はさ」と続けた。
「思い、出したんだよ…………
俺の家族が、殺された時の事をさ」
その言葉に仲間達が息を呑む。しかしその先を促すような視線を感じ、ガイは更に言葉を紡ぐ。
「キムラスカ軍が攻め込んで来た時、ファブレ公爵は女子供でも譜術が使えれば脅威となる、と皆殺しを部下に命じたんだ。だから俺も死ぬ筈だった」
だけど、
「まだ幼かった俺を庇って、目の前で姉上が斬られたんだ」
「ガイの、お姉さんが……?」
タリスが悲痛に眉を寄せながら問うと、「姉上だけじゃない」とガイは首を振る。
「メイド達も皆、俺を守ろうとして…………気が付いた時、俺は姉上やメイド達の遺体の下で血塗れになっていた。俺は多分、叫んだんだと思う。それを聞いてペールや騎士達が助けに来てくれた時にはもう、俺の記憶は消えちまっていた」
それはあまりにも凄惨な光景だった事だろう。しかも動かなくなったそれは、つい数刻前まで共に笑っていた筈の者たちだったのだ。当時5歳になったばかりの子供はその光景を、記憶を消す事で己の精神を守ったのだ。
誰もが何も言えない中で、ジェイドだけは彼に訊ねた。
「貴方の女性恐怖症は、その時の精神的外傷(トラウマ)ですか?」
「かもな。………しっかし情けないねぇ。命をかけて守ってくれた姉上達を【怖い】だなんて思っちまうなんてさ」
はは、と自嘲するガイにルークは思わず叫んだ。
「そんな事ねぇよ! だって、だってお前……その時まだ子供だったんだろ? 軍人が攻めてきて、目の前でたくさんの人が殺されて、それを…………怖いって思うのは、当たり前だよ」
俺が、言えた事じゃないけどさ。
ルークはガイの家を、故郷を攻め滅ぼしたのが己の父だと知っている。だからこそ、罪悪感があるのだろう。そう言った彼の言葉は段々と勢いを落ちていくのを感じた。
そんな彼を見て、ナタリアはガイの名前を呼んだ。
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